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「下手すぎてワロタ」 日光「三猿」の目、修理後ネット上で批判 専門家も問題視、でも「本当の姿」って?

9/4(月) 7:00配信

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 日光東照宮の「見ざる・言わざる・聞かざる」の像が修理で塗り直され今春、テレビで報道されると、ネットでは「下手すぎてワロタ」などの批判がわき起こりました。果たして本当に「下手」なのか。専門家に検証してもらった結果は「過去の再現として問題がある」。でも、再現すべき真の姿って何? それって実は、本当には分からないんです。(朝日新聞・長野剛記者)

【写真で詳しく】修理ごとにこんなに変わった!日光「三猿」の目 切れ長・まん丸……

お披露目直後、ネットに批判

 「見ざる・言わざる・聞かざる」は正式には「三猿」と言います。昨年度、約40年ぶりに全面的に塗り直され、3月末にピカピカの姿で元の建物の壁に戻されました。ところが1カ月ほどあと、三猿はネット上での批判にさらされてしまいます。

 私も5月ごろ、フェイスブックでまわってきたまとめサイトを見て、びっくりしました。テレビ画面から切り取ったような猿の顔のアップ写真は目がとても大きく、素人目にはデッサンが崩れていて、修理前の方がりりしく見えました。

 ごめんなさい。直リン張れないので後で「東照宮」「下手」でググってもらってもいいですが、修理の前後の猿の顔をアップすると、すごく雰囲気が違います。そんなのが、まとめサイトに載っていました。

専門家もネット情報「無視できない」

 「これって問題なんと違う?」と思いましたが、私もど素人。専門家に取材を助けて頂こうと、奈良文化財研究所の元建造物研究室長、窪寺茂さんにお願いしました。すると窪寺さんも、ネットの批判に気づいていて、「無視できない問題」と思っておられたそうです。

 ただ、「修理前後の写真の比較だけでは判断できない」とも言われました。もちろん、現物を見なくてはダメだ、という部分もあるのですが、それ以上に「修理前のものが果たして正解なのか」という問題があったのです。

「塗り直し」は伝統

 「日光東照宮は、元和(げんな)3年(1617)徳川初代将軍徳川家康公を御祭神におまつりした神社です」(日光東照宮公式サイトより)

 江戸幕府、徳川家の威光を示す場として生まれた東照宮は、デラックスできらびやかな装飾が特徴です。風雪でそれが損なわれないよう、江戸時代にはおよそ20年周期で修理が繰り返されてきたといいます。

 当然ながら、江戸時代には写真なんてありません。しかも、数え切れないほど何回も塗り直されています。なので、そもそも「三猿」が生まれた時、どんな塗り方だったのかというのは分からないのです。

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最終更新:9/4(月) 10:38
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