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借金取り立てに金目のものを差し出す潔さ 捕鯨にも参入 中部幾次郎(中)

9/22(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 漁業は自然相手の商売なので、当然、良い時も悪い時もあります。現在のマルハニチロの前身である大洋漁業の創始者、中部幾次郎(なかべ・いくじろう)の事業もまた同じでした。経済人は儲かっているときよりも、借金をしているときこそ、その真価が問われるものです。金の入りも出も大胆だった中部は、借金を背負ってもまだ余裕の態度を貫き、周囲を驚かせます。

 そして、1905(明治38)年、中部が飛躍するきっかけとなったのは? 市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  借金の取り立てに、金目のものは隠さず、あえて差し出す潔さ

  漁業は文字通り「水物」であり、投機的性格が強く、当たり外れが日常茶飯事である。

 「それに宵越しの金は持たないというのが魚屋に共通した派手な生活だったので、幾次郎もよく稼いだ半面、よく遊び、よく散じた。そのために資産の貯蓄よりもむしろ負債のために苦しんだことも少なくなかった」(大佛次郎編『中部幾次郎』)

 大阪雑喉場の魚問屋の綿末商店から多額の借金をして返済難に陥り、差し押さえの仮処分を受けたことがある。執達吏(しったつり)が来て次々と付箋を貼って差し押さえていった。

  執達吏:「封印した家財道具に勝手に手を付けると、処罰されます。期日までに返済できないと、競売にされても文句がいえない」

  幾次郎:「まだあります。綿末の旦那に借金のカタに約束しておいたものです。先祖から伝わっているもので、売れば相当な値打ちのある品物がしまってあるのです」

 執達吏が来ると、金目のものは隠す連中が多い中で、幾次郎は逆にこれを差し押さえてくれと差し出した。

  執達吏:「あんたは変わった人だね」

  幾次郎:「魚屋にしては少々頑固過ぎるといわれるくらいです」

 幾次郎の人柄に惚れ込んだ執達吏は綿末の主人に報告かたがた意見した。本文:2,193文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:12/11(月) 12:41
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