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遺族ら絶句「いったい誰が…」 チビチリガマ、内部も被害

9/13(水) 11:05配信

沖縄タイムス

 「いったい誰が。ショックです」「まさか壕の中まで」。8歳の時、沖縄県読谷村のチビチリガマで「集団自決(強制集団死)」の場に居合わせ、祖父を失った上原豊子さん(81)は12日、壕の中まで荒らされたとの知らせを聞き、驚きを隠せなかった。何者かによって踏みにじられたチビチリガマ。二度と悲劇を繰り返さないことを願い、苦しみながらも証言する遺族の心を深く傷つけた。

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 上原さんは今年4月の慰霊祭で、毒入りの注射を打つための列があったこと、母親が幼い子の背中を包丁でたたく光景を絞り出すように語っていた。チビチリガマが荒らされたとの一報に、1987年に「世代を結ぶ平和の像」が壊されたことを思い出し、「またか」と言葉を詰まらせた。

 5歳でガマに避難していた上地竹さん(78)の家族8人は当時、間一髪で生き残った。多くの犠牲者がいる中で助かったことに後ろめたさを感じたのか、戦後は母や兄から口止めされていた。2年前、長年の沈黙を破って体験を語り、慰霊祭にも参列している。

 今回荒らされた件に直接の言及は避けつつ、「平和が続きますように、二度と被害を受けることがないようにと願って慰霊祭に参加している。ガマの近くを通る時は『子どもたちの平和学習で使わせてもらっています』と心の中で祈っている」と静かに語った。

 改築中の村歴史民俗資料館は完成後、チビチリガマの史実を展示することが検討されている。遺族会の與那覇徳雄会長(62)と村教育委員会担当者との打ち合わせは11日にあったばかり。母方の祖母ら5人を亡くした與那覇会長にとって、継承への歩みを始める矢先だった。

 心ない何者かに荒らされたが、逆に意を強くしたという。「遺族の心への被害は大きい。しかし私たちは負けない。より強い心を持ってチビチリガマの歴史を伝えていきたい」と力を込めた。

最終更新:9/13(水) 11:30
沖縄タイムス

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