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創業74年、たった2種類しかないパン屋はなぜ売れ続けるのか:周回遅れの経営が先頭に立った

9/14(木) 12:12配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

東京・浅草で74年前から営業を続けるパン屋がある。「ペリカン」。おもな商品は、食パンとロールパンだけ。消費者の嗜好が細分化し、多くの人に愛されるためにはどの業界でも多品種少量生産が“常識”になりつつある中、極めて珍しいと言われるビジネスモデルを貫く。息長く愛されてきたパン屋はこの秋、ドキュメンタリー映画になった。

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「普通。でも、ないと困る」

浅草寺の門前町の喧騒から少し離れた田原町。国際通りの道路脇に、店と工場を兼ねる建物がある。店内の木製の棚には、伝票が貼り付けられた食パンとロールパンが並んでいる。季節や天気でばらつきはあるが、1日に食パン400~500本、ロールパン4000個ほどを販売している。全体の3割ほどは喫茶店やレストラン、個人商店向けの卸売りだ。パン屋が忙しいとされる春と秋には、予約分だけで完売することも多い。

公開を控えた映画『74歳のペリカンはパンを売る。』に、印象的な場面がある。週に数回、食パンを買いに来る男性の常連客に、店先で味について感想を尋ねると、こんな答えが返ってくる。

「普通。でも、ないと困るな」

ペリカンの商品は、正方形やヤマ型など形は違うが、基本となる生地は、食パンとロールパンの2種類だけだ。食パンは、バターを塗るとバターの味が立ち、ジャムならジャムの味がくっきりする。常連客の言う「普通」の言葉どおり、パンそのものは主張があまり強くない印象を受ける。

第二次大戦中に、ペリカンの営業は始まった。老舗と記したいところだが、浅草は「創業100年ぐらいでは老舗ではない」と言われる土地柄だ。いまは、四代目の渡辺陸さんが、30人ほどの従業員をまとめている。

「ほかの店とけんかせず、利益を出す」

いまの経営スタイルが固まったのは、二代目の店主で陸さんの祖父にあたる多夫(かずお)さんの時代だという。戦後、パン屋が増えたことで小売店間の競争が激しくなり、卸売りを中心にした。

陸さんは「ほかの店とけんかをせずに、利益を出していくという選択で、いまのスタイルになったそうです」と話す。

陸さんが、本格的にパンづくりの道に入ったのは、大学卒業後のことだ。2種類だけのパンの作り方を覚えるのは、難しくないだろうとたかをくくっていたら、甘かった。

天気や気温などさまざまな要因で、微妙な調整を繰り返す。仕込みの温度、水の量、イーストの量、生地を発酵させる時間、生地を釜に入れるタイミングなど、一つでもおろそかにすれば確実に商品の質に影響が出る。

「たった2種類だから、作り方を覚えるだけなら簡単ですが、高いクオリティのものを毎日毎日出し続けるという条件が加わると、やたらと難しくなります」

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最終更新:9/14(木) 20:03
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