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照ノ富士も休場「大関陥落」決定的…3横綱2大関が99年ぶり不在

9/16(土) 6:04配信

デイリースポーツ

 「大相撲秋場所・6日目」(15日、両国国技館)

 かど番大関の照ノ富士が「左膝半月板損傷で約2週間の加療を要する見込み」との診断書を日本相撲協会に提出し休場した。白鵬、稀勢の里、鶴竜、高安に続き角界の看板がまた離脱。3横綱、2大関の休場は1918(大正7)年夏場所以来、実に99年ぶりの惨事となった。照ノ富士は再出場は厳しくこのまま負け越す見通しで、九州場所は関脇への転落が決定的。大関豪栄道が全勝だった平幕阿武咲を押し出し、1敗を死守。勝ちっ放しが消え、1敗で4人がトップに並んだ。

 1918年。第1次世界大戦が終結し、国内では大正デモクラシーが席巻、元首相の田中角栄氏が生誕した年だ。大正時代の好角家もきっと“またか…”と嘆いたことだろう。平成の世に、負の歴史は繰り返された。

 かど番照ノ富士が5日目の松鳳山戦で古傷の左膝を痛め、この日朝、炎症が出て歩くこともできず休場を決めた。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は再出場の可能性を「無理じゃないの」と話し、大関陥落が決定的となった。

 今場所は白鵬、稀勢の里、鶴竜の3横綱が初日から休場。昭和以降初めての異常事態で幕を開けた。3日目に大関高安も右太ももを痛め途中休場。そして照ノ富士まで…。実に99年ぶりの3横綱、2大関の休場となった。

 東の支度部屋は横綱、大関が不在で奥がガランと空いている。八角理事長(元横綱北勝海)は「稽古が足りないということ」と苦言。審判部部長の二所ノ関親方(元大関若嶋津)は「取組が足りない。さみしい。お客さんに申し訳ない」と、幕内の取組数が満足に組めない状況を嘆く。「横綱、大関1人ずつの割(取組)は大変」と頭を抱えた。

 一人横綱の日馬富士も左肘に故障を抱え、いつ離脱してもおかしくない。横綱土俵入りが消える場所になる可能性も十分。番付表に悪夢の“や”が量産されていく。