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拉致問題、進展見えず=「小泉訪朝」、17日で15年

9/16(土) 15:55配信

時事通信

 2002年9月に小泉純一郎首相(肩書は当時、以下同)が北朝鮮を訪れ、金正日総書記と初の日朝首脳会談を行ってから17日で15年。

〔写真特集〕日本人拉致事件

 04年5月の再訪朝と合わせ、日本人拉致被害者5人とその家族の帰国が実現したが、その後は具体的な進展が見られない。核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、国際社会が包囲網を構築して圧力を強める中、拉致問題は埋没しかねない状況だ。

 菅義偉官房長官は15日の記者会見で「一日も早く拉致被害者全員の帰国を実現すべく全力で取り組んでいく」と強調。外務省幹部は「わが国は、拉致、核・ミサイル問題の包括的解決を目指す立場に変わりない」と語った。

 小泉氏の訪朝を受け、北朝鮮は拉致被害者の横田めぐみさんら8人を死亡とする一方、5人の生存を認めた。金総書記は会談で謝罪を表明。両首脳が署名した「日朝平壌宣言」には、植民地支配など「過去の清算」とともに、ミサイル発射実験の凍結延長などが盛り込まれた。

 03年8月には北朝鮮の核開発問題を協議する6カ国協議がスタート。05年9月には北朝鮮の核計画放棄を明記した共同声明を発表した。

 だが、同月の米国の金融制裁措置を不服とした北朝鮮は06年7月に弾道ミサイルを発射し、挑発行動を再開。同年10月には初の核実験を強行した。金正恩体制に入った北朝鮮は挑発を活発化させ、拉致問題は停滞した。

 日朝協議が再び動きだすのは14年3月。非公式協議を経て、横田さんの両親が娘とモンゴルで面会した。同年5月の日朝間の「ストックホルム合意」では、北朝鮮が拉致被害者の再調査を約束。だが、北朝鮮は16年1月に4回目の核実験に踏み切り、日本政府の独自制裁に反発して合意をほごにした。

 河野太郎外相は8月、訪問先のマニラで北朝鮮の李容浩外相と立ち話し、日朝平壌宣言に基づく拉致、核、ミサイルの包括的な解決を要求。12日には日朝当局者が、スイスで開かれた国際会議の場を利用して接触した。「いろいろなルートを使って拉致問題解決のための交渉は続けている」。政府関係者はこう語るが、北朝鮮の挑発行動に歯止めがかからない中、解決に向けた道筋は見えない。 

最終更新:9/16(土) 16:40
時事通信