ここから本文です

師匠から預かったジッポーと『男の作法』 森岡督行さん

9/16(土) 19:01配信

朝日新聞デジタル

【ものはうたう】

 もののある暮らし、ものと生きていく。誰しも日々のなかで、多かれ少なかれものと関わって生活しています。それらは道具や雑貨、工芸やオブジェなど呼び名も用途も様々あって、毎日繰り返される家事や仕事に役立ったり、ときに気分を上げてくれたり、忘れられない大切な記憶とつながっていたりもします。ものは、思いのほか私たちの暮らしと気持ちに影響を与える存在です。この連載では、ものと人との深いつながりをお伝えしていきます。

【写真】年月を物語るジッポーと池波正太郎『男の作法』

一冊の本だけを売る銀座の本屋「森岡書店」

 1回目にご登場いただくのは森岡督行さん。森岡さんは神保町での古書店勤務を経て、12年前に美術関連の本とアート作品扱う「森岡書店」を茅場町に立ち上げました。企画展などを通し、著者や作者を訪れる人たちに密に紹介する役割を果たした経験から、次のステップとして、2年前“一冊の本を売るための本屋”を銀座でスタートさせます。1週間ごとに1冊の本だけを取り上げ、その本に関連する展示を行い作品も販売するユニークなスタイルを確立。花の本を取り上げたときは花屋に変身してしまう、というように。5坪ほどの小さなスペースで展開される本を巡るこの提案は、新たなカルチャーの発信として受けとめられ多くの支持を得ています。

 「コンセプトである本と人をつなげる試みは、ものがあふれる現代で、どのようにものを選び取るのかを示す、ひとつの提案にしたいと考えました。自分の感覚を信じ、好きなものをより深く知る喜びこそが大事なのではないか。それを伝えたくて」

 森岡さんが、深くものを知ることへの喜びに気づいたのは、神保町での経験が下地にあると言います。

 「僕をこうした仕事に向かうよう導き、つないでくれた諸先輩方が神保町にいたんですね。なかでも美術古書の専門店「松村書店」の松村さんには、いろいろ教えてもらいました。豪快な方で、いわゆる江戸っ子気質。そばの喰(く)い方を叱られたり、銀座のバーに連れて行っていただいたり、直接的な仕事のノウハウより、生き方を見せてもらえたと思っています。その松村さんとの思い出として大切にしているのが、このジッポーと池波正太郎の『男の作法』なんです」

 宵越しの金は持たないような、気っぷのいい先輩であった松村さん。当時、森岡さんが勤めていた書店が隣だったことから顔見知りになり、足しげく通ううちに師弟関係のようになって、可愛がっていただいたのだそうです。

 「よくね『体育館に貼ってある標語のようなことを大事にしろ』と言われたんです。つまり、あいさつはしっかり、とか、明るく元気に、とか、人としての礼儀や心構えを分かりやすく伝えてくれたんですね。僕はそういう話を聞くのが好きだったし、いまも大切に思っています」

 森岡さんにとって、男気があってやさしい松村さんは、いつしか憧れの存在となっていたようです。松村さんから聞く人生訓のようなお話、所作やたたずまいも、男としての格好良さを理解するきっかけとなったのかもしれません。

1/2ページ