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【漢字トリビア】「香」の成り立ち物語

9/17(日) 11:30配信

TOKYO FM+

「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今回の漢字は「香り」、「香水」「香料」の「香」です。こんがりと焼いたさんま、まつたけのお吸い物、炊きたての新米。香り豊かな食卓が、秋の訪れを告げています。

「香」という字の上半分はカタカナの「ノ」に「木」と書く「禾(のぎ)」。
これは穂先が茎へむかって垂れ下がる穀物の様子で、ここでは五穀のひとつ「黍(きび)」を表しています。
禾の下の「日」は、正確には「子曰く」の「曰く(いわく)」、「日」という字の真ん中の横棒が右端まで届かず、開いています。
これは、白川漢字学でおなじみの「サイ」と呼ばれる器の中に、神への祈りの文が入っている様子を表したもの。
中国の古い文献に「芳しい香りは神の心を動かす」と記されているように、かつて、祈りの場所には黍で作ったお酒を供えたといいます。
つまり、「香」という漢字が本来表していたのは、神に捧げたよい香りのするお酒のこと。
そこから「かおり、よいにおい、かんばしい」という意味をもつようになったのです。

中国の酒づくりは、紀元前四千年ごろから始まっていたといわれます。
黄色い酒と書く「黄酒(ホアンチュウ)」は米や粟、黍などで作る醸造酒。
紹興酒や老酒(ラオチュウ)などがその代表で、熟成が進むほど香り高くなり、神々が降りてきそうな味わいになるといいます。
日本における酒づくりの最も古い痕跡は、縄文時代の遺跡から出土しています。
原料はニワトコの実や木イチゴ、山葡萄といった果実や、粟や稗などの雑穀。
酒の貯蔵や発酵に使われたであろう土器のほか、酒に酔って踊る人物を象ったといわれる土器も見つかっています。
やがて、弥生時代に大陸から米が伝わって作られ始めたのが日本酒。
『魏志倭人伝』には、酒を好んで嗜む先人たちの様子が記されています。
実りの季節に感謝を捧げ、神々とともに香り高い酒を味わう。
昔も今も変わらない、幸福な秋のひとときです。

ではここで、もう一度「香」という字を感じてみてください。

今年収穫したお米から出来た新酒をはじめ、秋の味覚が出始める頃は、五感をゆったり開放したいもの。
たとえば日本酒は、ひと口で香りが三度楽しめるといいます。
杯から立ち昇る香りは「上立香(うわだちか)」。
空気とともに口に含んで舌の上で転がして味わう「含み香」。
そしてお酒を飲み込んだあと、気道を通して鼻で感じる「戻り香」。
「甘くてふくよか」「上品で軽やか」などと言葉にしてみるのも一興です。
「香」という字のもとの意味は、神々も喜ぶよい香りのするお酒。
そんな薀蓄を酒の肴に、秋の夜長はゆっくりと、杯を重ねるとしましょうか。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。
その想いを受けとって、感じてみたら……、
ほら、今日一日が違って見えるはず。


*参考文献
『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)
『大人の探検 日本酒』(松崎晴雄/監修 実業之日本社)

(TOKYO FM「感じて、漢字の世界」2017年9月16日放送より)

最終更新:9/17(日) 11:30
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