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小曽根真「無音も演奏する」ザ・トリオで約10年ぶり新作 クラシック経て新たな表現/インタビュー

9/17(日) 11:34配信

MusicVoice

 小曽根真 THE TRIOが去る8月2日に、オリジナルアルバム『DIMENSIONS』をリリースした。トリオとしては約10年振りの新作。ピアニストで作編曲家の小曽根真は1983年にバークリー音楽大学ジャズ作・編曲科を首席で卒業。ヴィブラフォン奏者のゲイリー・バートンや、ピアニストのチック・コリアなどトップアーティストともツアーをおこなっている。ジャズだけには留まらず、クラシック界でも活躍するなど、ジャンルの垣根を超えて精力的に活動している。今作はイベントで久々に出会ったクラレンス・ペン(Dr)とジェームス・ジーナス(Ba)と3人で意気投合し、約12年振りとなるオリジナルアルバムを制作。小曽根は「小曽根真の核心に近づいたアルバムになった」と本作品を語る。さらに「この2人だとどこまでも行ける。無限に近い可能性がある」と言うトリオの魅力や、音楽活動に対するスタンスなど多岐にわたり話を聞いた。

生きていくということは結局自分を知っていくプロセス

――小曽根真 THE TRIOが10年ぶりに再始動して、オリジナルアルバムとしては12年ぶりとなる新作がiTunesで1位を獲得しましたね。

 びっくりしました。10年間やっていなくても、長らく覚えてくれているファンの方というのは本当にありがたいです。これは本当にファンの方々のおかげです。10年間インターバルがあっても飛びついてくれると、どれだけ僕らが愛されていたのだろうということを実感して感動しました。最初は「嘘でしょ!?」と思いましたから。

――小曽根さんのことは以前から存じ上げていますが、こうして改めて経歴を見ると凄いなと。

 そういう風に書くと凄いことになっているのですが、本人は結局好きなことをずっとやってきただけなのですよ。ほとんどの方がそうだと思います。音楽だけではなく、スポーツの世界でもそうだと思うのですが、「好きこそものの上手なれ」と言いますし。「好き」「こうしたい」というエネルギーというのは、何よりも強いと思います。

――幼少期から好きなことにのめり込むタイプだったのでしょうか?

 そうですね。親父によく「お前は競馬の馬みたいで前しか見ないで走る」と言われたのですが、それは凄く素敵なことだと思うのです。

――ひとつのことにまっしぐらということですものね。

 日本では、全てを平均化するでしょ? その結果、自分が見えなくなる部分があって。自分は何が得意で何が不得意なのか、全て自分で判断して長所、短所を把握していくと思います。生きていくということは、結局自分を知っていくプロセスだと思っています。生活があるからお金を稼がなければならないのですが、そちらが優先していく場合というのは、何か違う気がします。

――日本では飛び抜けている才能は、叩かれるという風潮がある気がします。

 そうそう。「出る杭は打たれる」と言うね。でも、僕は20代のときに「出過ぎるくらいの杭じゃないと面白みがないんだよ」と口答えしたことがありまして。人のために意見を変えたってそれは得にはならない、それはその場しのぎにしかならないと。といいつつも、僕なんかはまわりに流されてきた人間なのですが(笑)。ただ、「いい音楽でないといかん」という思いはもの凄くありました。いい音楽というのは、クオリティだと思っていて。それは技術だけではないし、そこには自分なりのこだわりがあります。

――小曽根真 THE TRIOが集まったのは10年ぶりですが、10年という歳月を経て集まろうとしたきっかけは?

 2014年にボブ・ジェームスさんが仕切っている『Music for Tomorrow』という福島のためのチャリティコンサートがあって、それをニューヨークでやったときに僕がたまたまそこにいて、「マコトも弾いてくれ」と言われてお手伝いさせて頂きました。

 そのときにクラレンス・ペン(Dr)とジェームス・ジーナス(Ba)がいて、「君らはトリオでやってたんだから1曲やったら?」と言われて、僕らの楽曲「Asian Dream」を演奏しました。寄せ集めのライブなので、けっこう賑やかで楽しい曲をみんなやっていたのですが、僕らはバンドなので、いきなりバンドの音になるわけですよ。みなさん賑やかな曲をやっていたので、バラードをやろうということで「Asian Dream」をやったら、水を打ったように静かになってしまって。

(*編注:ボブ・ジェームス:米・ミズーリ州生まれのピアニスト、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。ジャズ・フュージョンおよびアダルト・コンテンポラリー界を代表するアーティストの一人)

――空気感が変わったわけですね。

 自分達の音楽が人を黙らせるというか、息を飲んで頂くというか。そういう音楽が僕は大好きなのですが、そのときは3人で凄く手応えがありました。僕らが結束した音楽の世界観を共有する強さがあると思ったのです。そのとき僕は彼らに一言「Shall we?」とだけ言いまして。2人は「Please!」と、それだけの会話がありました。

――それだけの会話だったのですか?

 そう。じゃあ、来年と再来年は忙しいけど2017年はプランが立てられるから、3年後にということだったのです。

――では、そこから曲を書き始めて。

 曲を書き始めたのは、レコーディングの1カ月前でした。2週間くらいで書きあげました。夏休みの宿題は8月27日までしないタイプだったんですよ、僕は(笑)。

――追いつめられて集中力を高めるタイプですね。

 そうそう。あと、気持ちを高めていきたいということがあったのです。最初はトリオのライブだけをするつもりでした。何故なら、「Asian Dream」を含め、その時代はいい曲がいっぱい生まれていました。自分達でもひとつのトリオの歴史のことを振り返ってみると、新しいアルバムが出る毎に前回のアルバムの曲はできないのです。それを10年続けてきました。やりたい曲はいっぱいあるのですが、なかなかそれができなかったので、今回のツアーは昔の曲を引っ張り出して“We come back”というツアーをやろうかというつもりでいました。

 ところが、やっぱり近づいてくると「このトリオでツアーをやって新曲が1曲もない」というのは、今まで僕らがやってきたことと正反対で。僕がレーベルの方に「やっぱり作ろう」と言ったことが去年の12月でして。それでスタジオを押さえてもらって。今回は2日しかリハーサルがないから、2日間で完成度の高くなる楽曲でないと、ただ演奏するだけで終わってしまって、このトリオの良さが出ないから、ということで曲を書き始めたのが1月の中旬です。それで出来た曲を順番に彼らに音源と譜面だけは送って聴いてもらって、という感じです。

――譜面はどのレベルまで書かれるのでしょうか?

 ほとんど一番基本の状態です。僕らが言うCメロ譜ですね。メロディとコードとキメのあるリズムをちょっと書いたものです。

――あとはお二人に委ねるという感じ?

 そうです。「ミラー・サークル」はクラレンスが、色んなパーカッションを後から入れていますが、僕は何にも指定していないです。彼が上から足していってくれて。

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最終更新:9/17(日) 11:34
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