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メルケル独首相、政治生命が「長寿」な訳は

9/22(金) 15:07配信

ウォール・ストリート・ジャーナル

 【ベルリン】ドイツ連邦議会選でアンゲラ・メルケル首相から政権奪取を狙う社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首は今年6月のSPD党大会で喝采を浴びた。選挙運動の中核である公約の発表に際し、同党首は「われわれは次期政権で、『婚姻上の平等(同性婚の合法化)』を実現するつもりだ!」と宣言したからだ。

 だがその翌日、メルケル氏は同性婚の議会採決に反対する長年の立場を引っ込めた。SPDが選挙運動で相手を攻撃する際の「材料」を奪ってみせたのだ。

 メルケル氏が12年間にわたって政権を維持しているのは、ある種の計算された政治的変わり身のおかげだ。同氏は自身の保守政党であるキリスト教民主同盟(CDU)の主義主張から一般市民のムードが離反したとみるや、立場を繰り返し――ときには唐突に――変えてきた。このように変化する戦略が同氏の政治的な受け皿を広げ、その結果、反対勢力にとってみれば、同氏に対して使える攻撃材料が少なくなってしまうのだ。

 世論調査によれば、24日に実施されるドイツ連邦議会(下院)選挙では、メルケル氏のCDUが勝利し、4期目の首相就任に十分な票を確保する公算が大きい。同氏に対する支持率は60%を超えており、これまでのピークに近いからだ。メルケル氏が初めて首相に就任した2005年11月以降、米国では既に大統領が3人交代し、フランスでは4人交代した。首相はというと、スペインでは2人、英国では4人、イタリアでは6人が交代した。日本では実に7人だ。メルケル氏は欧州主要国の中で最も長く政権トップを務めている。これだけ長くトップの座に着いているのは、やはりドイツで首相を16年間務めたヘルムート・コール氏以来だ。

 メルケル氏は、右派と左派の間にあった過去の分裂を戦略的に無視してきた。それによって、自らの政治的支配の範囲を拡大し、ライバルを周辺に追いやってきた。同氏はこれまで、「変化する自らの立場」を売り物にしてきた。それは同氏の支持者たちが言う「独善をよしとしない姿勢」であり、この不確実な世界においてドイツがまさに必要とする姿勢である。

 しかし同時に、メルケル氏は自らの保守政党を左寄りに歩ませる傾向があり、その結果、政治的な空白を生み出す一因になった。その空白を埋める形で台頭しているのが、新興政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」だ。24日の総選挙で同党は、連邦議会で議席を確保する見通しだ。極右政党がドイツで議席を確保するのは半世紀ぶりだ。欧州連合(EU)諸国への救済策に反対を唱えて2013年に発足したAfDの台頭は、ドイツに政治的ダイナミズムをもたらしており、メルケル氏が何か失態を演じれば、一段と同氏の保守基盤を侵食する可能性もある。

 メルケル氏がこれまでどのように一連の危機を回避し、ライバルを動揺させ、自らの権力を固めてきたかについては、元・現側近や政治家、さらに全国各地の有権者への数多くの取材で明らかになった。メルケル氏はインタビューの申し込みに応じなかった。

 メルケル氏の戦略シフトは、同志である保守派と、左派の反対勢力の両方を怒らせた。保守派は、自分たちの原理原則が放棄されつつあると主張し、反対勢力は自分たちの人気ある政策提案が取り込まれてしまうと苦言を呈する。だが同氏の戦略は、他国でみられるような「政治的分極化」とは対照的な手法だ。米国のドナルド・トランプ大統領やロシアのウラジーミル・プーチン大統領、そして欧州のポピュリスト的な運動が戦後の国際秩序に対して提起したさまざまな挑戦によってドイツ国民はいま動揺しているが、メルケル氏はこうした国民にとって安定のシンボルになっているのだ。

 国外では、メルケル氏はリベラルだと形容されることが多い。国内ではあらゆる有権者から支持を集めている。保守派として登場したにもかかわらずだ。同氏の率いるCDUと選挙で戦うことになる主要5政党のうち、総選挙後の新政権でCDUの連立パートナーになり得るのは、企業寄りの自由民主党(FDP)と環境保護運動の「緑の党」を含む3政党だ。メルケル氏は、急進的左派勢力との連立の可能性、および末端の国家主義勢力との連立の可能性だけは否定している。 

 コンセンサスを重視するドイツの統治システムにおいて、「変わり身が早い」ことへの批判はそれほどトゲを持つものではない。メルケル氏は、徴兵制、原子力発電、難民、そして最近では同性婚問題で立場を転換あるいは修正するなど、時に劇的な政治的シフトを断行してきた。だが、それは入念な分析の産物であり、社会的変化の反映でもあるとして売り込むことができた。

 この戦略シフトの結果、メルケル氏は左派寄りの有権者から支持を取り付ける一方、右派寄りの有権者の支持をも堅持してきた。一部の争点で見解が一致していなくても大目に見ようとする人々を取り込めたのだ。

 とはいえ、メルケル氏は北大西洋条約機構(NATO)に代表される大西洋同盟や、ドイツがEUの中核にいる必要性といった肝心な関与から揺らぐことはないと側近たちは言う。そして、ドイツの経済が力強く、失業率も低いため、同氏は安全な選択肢であるかのように有権者たちにはみえている、と世論調査専門家は話す。

 またメルケル氏の飾らない個性は、カリスマ的人物に疑い深い感情を長く抱き続けているドイツ人の共感を呼んでいる。ツイートせず、壮大な約束をするわけでもなく、演説で聴衆を鼓舞することもない。スーパーマーケットで買い物をし、自ら料理もし、週末には田舎のコテージで過ごす。以前、自分がドイツ人だと感じるのはどんなところかと質問された時、メルケル氏はこう答えた。「ポテトスープが大好きなところだ」と。

By Anton Troianovski

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