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ボイコット危機の平昌五輪で韓国が恐れる本当の“敵”とは

9/28(木) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 北朝鮮が相変わらず騒動を続けている。

 ここ最近だけを見ても、7月4日、28日と続けて大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、8月29日と9月14日には日本の上空を超えて太平洋にミサイルを発射した。その間の9月3日には、6回目の核実験を断行している。

【平昌五輪のエンブレム】

 こうした動きに対して、国連は経済制裁を強化。そして米国のドナルド・トランプ大統領は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と言葉の応酬を繰り広げている。トランプが「ロケットマン」「国民を飢えさせても殺しても意に介さない明らかな狂人」と挑発すれば、金正恩は逆にトランプを「精神に異常を来した米国の老いぼれ」「おじけづいた犬がさらに騒がしく吠えている」とやり返している。

 この「ロケットマン」と「老いぼれ」の口げんかはあまりに子どもじみており、もはや笑えない状況にある。そして今、そんな朝鮮半島情勢の不安定化が新たな問題を生んでいる。

 韓国の平昌で2018年2月に開催予定の冬季五輪に、不参加国が出る可能性が報じられたのだ。さらに情勢が悪化することになれば、開催すら危ぶまれるとの声もあり、スポーツの祭典に深刻な問題を及ぼしかねないと懸念されている。ただ平昌五輪は、実は北朝鮮情勢による懸念のみならず、別の側面からも問題が起きているようだ。開催まで半年を切った今、平昌五輪を巡る現状を見ていきたい。

●ボイコット発言相次ぐ

 9月21日、フランスのローラ・フレセル・スポーツ相が、フランスのラジオ局のインタビューで、「状況が悪化し、安全が確保できなければ、フランスの選手団はフランス国内にとどまる」とし、「選手を危険にさらさない」と述べたと報じられた。もちろんこれは多くが感じていたことだが、フランスが口火を切った形となった。

 韓国北部の江原道平昌郡は南北朝鮮の軍事境界線から80キロしか離れていないことから、参加国が不安に感じるのも理解できる。すると、フランスの見解に賛同する声も出てきた。オーストリア・オリンピック委員会のカール・シュトース会長はフレセルの発言を受けて、「状況がさらに悪化し、選手たちの安全が保障されなければ、私たちは韓国には行かない」と発言。またドイツの外務省も同国の選手を参加させるかどうかは「適切な時期に判断する」と声明を発表している。

 また国際オリンピック委員会(IOC)は8月に「われわれは非常に注意深く朝鮮半島と東アジアの情勢を監視している」との声明を発表している。さらにIOC幹部のジアン・フランコ・キャスパーは、フランスのフレセルによる発言より前の9月8日に「自国の選手の安全のために、五輪をボイコットするかもしれない国が出ることを恐れている」と、ボイコットが出る可能性に懸念を示していた。その上で、現時点で「Bプラン」を議論するのは時期尚早だと述べつつ、「(ロシアの)ソチや、(ドイツの)ミュンヘン」といった名前が代替地になる可能性があると示唆していた。

 当然だが、これには韓国が反発。韓国の通信社である聯合ニュースは、韓国文化体育観光部が9月23日、フランスに参加の正式な確認をとったと報じている。それでも英字紙のコリア・タイムズは、今後どう動くかは不明だとし、「(フレセルの)とっぴな発言は謝罪が必要だ」と不快感をあらわにしている。

 こうした一連の動きより前に、リベラルで知られる韓国の文在寅大統領はIOCのトーマス・バッハ会長と会談した7月、北朝鮮と韓国の南北合同チームの結成を議論したという。だがその後激化した北朝鮮の挑発行為、さらに北朝鮮に融和路線の文大統領にトランプ大統領があからさまに不快感を示したこともあって、この話は進展しそうにないとみられている。IOCも「実現は困難ではないか」との見解を出している。

 ただ一方で、米国のベテランスポーツ記者などは、北朝鮮の選手や代表団などを平昌五輪に優遇して多数参加させれば、北朝鮮も大会中に平昌を攻撃することはないだろうと主張しているが、確かにそれも一理ある。ただ実際に、北朝鮮の攻撃はそこまで切迫しているのだろうか。

●懸念は北朝鮮情勢だけではない

 そもそも北朝鮮情勢を見ると、グアムへのミサイル発射も、太平洋での水爆実験も、米本土攻撃という主張も、現実に起きる可能性は低い。全ては金政権維持のための瀬戸際外交で、金政権は米国から軍事攻撃を受けないギリギリのところを周到に計算して挑発行為を行っている。北朝鮮が本気で「敵」である日米韓に打撃を与えたいなら、大会直前にでも、平昌にミサイルを撃ち込むなどすれば大混乱を起こせる。だがその後で国際社会から受ける(軍事的)報復を考えれば、もちろんそんなことをしようとは考えないだろう。つまり、現実的には平昌が「危ない」とは言えそうにない。

 だがそれでも、五輪会場が北朝鮮から80キロしか離れていない事実を「気持ち悪い」と思う人たちが少なくないのも理解できる。

 五輪という意味では、前回も似たような懸念はあった。2014年にロシアのソチで行われた冬季五輪の際も、過激派のテロなどが懸念されており、大会前から騒ぎになっていた。自爆テロ犯がソチで目撃されたというニュースもあったくらいだ。ただ結局は何も起きなかった。

 いずれにせよ、北朝鮮の動きによって平昌五輪を巡って懸念が高まっているのは確かである。ただ実のところ、平昌五輪は北朝鮮情勢以前からさまざまな問題に苛まれていた。

 例えば、予算の問題。五輪の予算は当初の予定から50%ほど増え、12兆8485億ウォン(約1兆2000億円)ほどになる。韓国紙の中央日報は、「この予算には五輪後に平昌と江原道一帯を国際的な観光地として活用するための総合計画は含まれていない」と報じ、「五輪の呪い」になると指摘しているくらいだ。

 また会場や設備の準備も問題になっていた。会場のために伐採された加里王山の山林が生態系に悪影響を与えると反対運動が起きてミソがついた。最近になってようやくめどがついたといわれている会場や施設、交通機関では、予算などの影響で開会式・閉会式会場の観客席に屋根が付けられないといった批判も出ている。氷点下となる極寒の中では過酷な観戦環境である。

●「犬食文化」へのネガティブ・キャンペーン

 さらには、フランスやオーストリアなどの発言よりも過激なボイコット・キャンペーンも行われている。国際的に批判されることが多い、韓国の「犬食文化」に絡んだもので、インターネット上で大々的に「韓国の2018年平昌五輪をボイコットする!」という署名活動が続けられている。

 もともとこの署名活動は米カリフォルニア州の「koreandogs.org」というサイトが立ち上げ、最終的に韓国政府とIOCに署名を送ることが目的のようだ。署名のサイトには、「韓国は世界で14番目の経済国なのに、毎年250万頭という犬や、何千という猫が食用として処理され、『健康食』として食されている」とし、「犬の多くは加虐的に極度の恐怖を経験させられ、殺される前に苦しむ。猫は多くの場合、リウマチに効くと信じられている強壮剤を作るために生きたまま煮られている。韓国での需要が高すぎるために、犬肉の20%は中国から輸入されている」という。

 そして9月末の時点で、21万3548人もの署名が集まっている。

 確かに犬を食肉処理するのは残酷に感じられるが、他国の文化を外の人間が自分たちの価値観のみで糾弾するのはいかがなものか、という意見があるのも分かる。もちろん先進国では犬はかわいいペットだが、途上国などで野生の犬に遭遇すると、他の獣と変わらないことが分かる。そんな国に暮らす人たちから見れば、犬は人に牙を向けかねない危険な生き物である。実際に最近、インド発のニュースで、小さな子どもたちが野良犬に取り囲まれて危機一髪で逃げる映像がニュースで話題になっていたが、下手したら、逆に食われてしまいかねない。

 さすがに犬食文化が批判されて五輪が中止になることはないが、五輪をビジネスチャンスと捉え、多くの雇用を生みながらスポーツの祭典のためにギリギリで懸命に準備を進める韓国の人たちとしては、面白くないネガティブ・キャンペーンだろう。

 北朝鮮はさすがに五輪をミサイルで標的にはしないだろう。一方の犬食批判キャンペーンは五輪開催の韓国に打撃を与えることになる。韓国にとって本当に怖いのは、「口撃」のみで「攻撃」しない金正恩より、韓国の文化をおとしめようと「吠える」ネガティブ・キャンペーンの方かもしれない。

(山田敏弘)