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北米沖縄県人会カラオケクラブ 歌心支える縁の下の力持ち 東京出身の元メカニック

2017/10/3(火) 20:00配信

沖縄タイムス

沼田昭二さん(75)

 北米沖縄県人会の組織は各種の委員会やクラブに分かれ、それぞれが活発な活動を展開している。2004年に設立されたカラオケクラブは、高齢者を中心に月1回、30人ほどのメンバーが県人会館に集まって手作りの料理を楽しみながら歌に興じる。

 カラオケクラブにとってなくてはならないのが、機材の調整を担当する縁の下の力持ちの存在。その役割を担っているのが、東京都出身の沼田昭二さん(75)だ。妻が沖縄出身の縁で県人会カラオケクラブから手伝いを要請され、活動に関わるようになったという沼田さんの本職は自動車のメカニックだった。

 「今から45年前にロサンゼルスに来た。当時はトヨタなど日本車の売れ行きが伸びているころで、アメリカ人のメカニックには繊細な日本車を扱うのは難しかった。そこで日本から私のような日本車に詳しいメカニックがやってきて修理するようになった」

 沼田さんはその後、ロサンゼルス郊外のトーランスで、パートナーと共に自動車修理工場を経営したが、健康上の理由で10年前に引退した。「まだ続けたかったが、ドクターストップがかかったので辞めざるを得なかった」と振り返る。

 今は悠々自適の生活を送りながら、月に1度のカラオケクラブには開始1時間以上前から会場で準備に携わる。機械のセットアップだけでなく、テーブルや椅子の配置など、積極的に体を動かして会場整備に当たる。

 「大変なのは曲の整理。寄付してくれる人が後を絶たず、何百曲とリストを作って整理しなければならない。県人会の事務局と協力しながら進めている」

 いっときたりとも、休憩せずに準備に動き回る沼田さんの姿に、現役時代は働き者で優秀なメカニックだったに違いないという思いを強くした。

 仕事は引退しても機械に強いという特技を使って、多くの人々に喜ばれている沼田さん。本人もまた楽しみながら取り組んでいる姿が印象的だった。=連載・我ら“うちなーんちゅ”米ロス発<62>(ロサンゼルス通信員・福田恵子)

最終更新:1/11(木) 13:25
沖縄タイムス