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フィギュアスケート、あのとき~ Scene#2 2004年ドルトムント世界選手権女子、日本女子大躍進の軌跡。

10/5(木) 11:30配信

VICTORY

思い出のシーンを伝える連載第2回目は【2004年ドルトムント世界選手権女子】。今や世界有数の強豪国となった日本女子フィギュアスケート。世界選手権の金メダル獲得数はアメリカ、ノルウェー、旧東ドイツら古豪に次ぐ4番目に位置している。その数はロシアやカナダといったスケート大国をも上回る。日本女子で初めて世界選手権の表彰台に上った渡部絵美(1979年)、初めて世界の頂点に立った伊藤みどり(1989年)らの時代を経て、日本女子が快進撃の狼煙を上げ、世界にその強さを決定づけた輝かしい時代がある。その栄光は2003-04シーズンに遡る。(文=Pigeon Post ピジョンポスト 岩重卓磨)

シーズン最後の栄冠に向け、日本女子は最強の布陣で世界選手権に挑む

日本女子の快進撃はISU・GP(グランプリ)シリーズに始まった。シリーズの上位6人が進出できるGPファイナルには、村主章枝、荒川静香、恩田美栄の3人が名を連ねた。12月、アメリカ・コロラドスプリングスで行われたファイナルでは、シリーズを全勝し優勝候補筆頭で母国開催に臨んだサーシャ・コーエン(アメリカ、2006年トリノ五輪銀メダル)を村主が抑え、日本女子初となるファイナル女王の栄冠に輝いた。

年が明けての四大陸選手権では、前シーズンの世界ジュニア女王の太田由希奈が卓越した表現力をもって、シニア代表戦デビューにして優勝を飾った。ジュニアでは、女子シングル初の4回転ジャンプ(4サルコウ)を成功させ脚光を浴びた安藤美姫が、ジュニアGPファイナル、世界ジュニア選手権と圧倒的な強さで連勝した。

こうして日本女子は、シニアとジュニアの主要大会のタイトルを総なめにし、シーズン最終戦のドルトムント世界選手権(ドイツ、3月22-28日)を迎えたのであった。代表には、GPファイナル女王で世界選手権2年連続銅メダルの村主、世界ジュニア女王でシニアの全日本選手権も初制覇した安藤、GPファイナル・全日本共に3位に入った荒川が選ばれ、最強の布陣で臨んだ。

当時の世界選手権には、SP(ショート)の前にFS(フリー)を滑走する「予選」があった。ミスのあった村主はA組8位(総合15位タイ)からの苦しいスタートとなったが、荒川と安藤は高難度ジャンプを決めてミスを最小限に抑え、A組1位、2位に着けた。直前の全米選手権で会心の演技を見せ、世界選手権6度目の優勝を狙う前大会覇者ミシェル・クワン(1998年長野五輪銀メダル・2002年ソルトレイクシティ五輪銅メダル)は思うように奮わず3位となり、女王クワンを日本勢2人が上回るまさかの展開に衝撃が走った。B組ではコーエンが貫禄の1位、前大会銀メダルのエレーナ・ソコロワ(ロシア)が2位、欧州選手権女王のユリア・セベスチェン(ハンガリー)が3位となり、実力者達が順当に上位に揃った。

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最終更新:10/8(日) 14:57
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