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町田樹 「史上最高傑作」がスポーツを超えた日 ~フィギュアスケート、あのとき~ Scene#3

10/8(日) 11:50配信

VICTORY

プロローグ:初の五輪・世界選手権までの道のり

思い出のシーンを伝える連載第3回目は【町田樹2014年さいたま世界選手権SP(ショート)】。2014年12月、全日本選手権終了直後に競技生活にピリオドを打った町田樹。それは突然で全く予想外の出来事だった。栄えある世界選手権代表選手発表の場で名前を呼ばれ、普通なら試合に向けての抱負を述べる場面での引退表明。会場の騒然とした雰囲気と、彼の凛としたたたずまいは忘れられない。

現役引退に伴い2015年上海世界選手権の代表も辞退したため、2014年さいたま開催の大会が彼の最初で最後のワールド出場経験となった。初出場で銀メダル獲得という偉業とともに、SPの演技もまた鮮やかに思い出される。(文=Pigeon Post ピジョンポスト Paja)

町田は2009-2010シーズンから本格的にシニアに参戦しフィギュアスケートファンの間では注目されていたが、高橋大輔・織田信成・小塚崇彦の3強に隠れがちの存在だった。一般的に世間に知られはじめたのはISU・GP(グランプリ)シリーズ中国杯で初優勝した2012-2013シーズンからであろう。しかし層の厚い日本男子シングルの中では「第6の男」などとありがたくない呼ばれ方をすることもあった。

2013-2014シーズンを迎えると、本人曰く「去年GPファイナル・全日本と大敗し一度死を迎えた」FS(フリー)『火の鳥』を「再生」し、新たなSPに『エデンの東』を用意した。特に『エデンの東』は、作品に込めた町田の強い思い入れが「町田樹史上最高傑作」というキャッチコピーと共にたびたびメディアで取り上げられた。

原作小説に登場するキーワード「ティムシェル(timshel)」を独自に解釈し、それをコンセプトに据えて自分自身を氷の上で表現したという。その意味は「自分の運命は自分で切り拓く」などと紹介されることもあったが、町田は常に熟考し続けているこの概念を「言葉で説明するのではなく、演技で体現することが自らの使命」だと語っていた。

自信作のプログラムと精度の高い4回転トゥループをひっさげ、町田は念願の五輪へ向けて快進撃を始める。出場したGPシリーズ2戦で優勝、2年連続でGPファイナルに進出し4位。どこまでが意図的でどこからが天然なのか計りかねる独特な言葉選びのコメントが「町田語録」ともてはやされるようにもなり、ソチ五輪の有力な代表候補として一躍時の人となった。

一方で国内でも地方大会から出場し、例年より数多く試合をこなした。スケジュールは過密を極めたが、地道な歩みは報われた。全日本選手権2位となりついに初の五輪代表・世界選手権代表の座を獲得。ソチ五輪では総合5位の成績をおさめている。

ただ五輪ではSPで大きく出遅れた。この地元開催、初出場のワールドで雪辱なるか。会場のさいたまスーパーアリーナは町田が五輪出場を決めたゆかりの地でもある。オリンピアンとして再びここに戻ってきた彼がどんなパフォーマンスを見せるのか。注目が集まる中で演技は始まった。

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最終更新:10/8(日) 13:54
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