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柔道は私の生きがい 田知本遥引退会見

10/11(水) 0:40配信

北日本新聞

 栄光もどん底も、全て金メダリストをつくる糧になった。10日、都内で引退会見に臨んだリオデジャネイロ五輪の覇者、田知本遥(射水市出身、ALSOK)は晴れやかな表情を浮かべ、波瀾(はらん)万丈の競技生活を「柔道は生きがいだった」と振り返った。自分と戦い続けた20年間。現役を続ける姉の愛(めぐみ)(同、同)について質問が及ぶと、涙ぐむ場面もあった。

 報道関係者ら約50人を前に、田知本は冒頭で「2度の五輪を経験できたことは人生で最大の貴重な経験。それぞれ違った角度で柔道について考えさせられた。今後はこの経験を次のステップで生かしていきたい」とあいさつした。

 引退への気持ちが強くなったのは、今年6月に地元の射水市で行われた全日本実業団体対抗大会だった。10カ月ぶりの復帰戦に姉妹で出場して優勝したが、「もっとやりたいという気持ちが湧いてこず、『これはそういうことなのかな』と」。決勝は大外刈りで一本勝ちし、「すっきりした。これも必然的なことなのかと思った」と振り返った。

 常に支え合ってきた姉への感謝も口にした。「姉のコメントを読んでぐっときた。これまでの流れを全部知っている人。『本当にありがとうございました』と言いたい」と目を潤ませた。

 質疑応答を終え、田知本はALSOK柔道部の後輩の梅木真美から花束を受け取り、晴れやかな笑顔を見せた。

■一問一答
 -今の心境は。

 休養をもらい、1年間ゆっくりと考えることができた。悔いのない決断。たくさんの方から「お疲れさま」というメッセージをもらい、やっと実感が湧いてきている。

 -柔道人生を振り返って。

 ちょうど20年間、全てを懸けて一つのものを極めてきた。きついことの方が多かったけど、上れるか分からないような壁に立ち向かっていく自分が好きだった。

 -思い出に残っている試合は。

 五輪以外では2014年の講道館杯(全日本体重別選手権)。そこで負けたらリオへの道はなかった。いちかばちか準備して挑んで優勝できた。神様が「リオ五輪の1番高いところを目指しなさい」と言っているのかなと思った。

 -東京五輪を目指す後輩たちへ。

 全てを懸けて挑む覚悟を持って畳に上がってほしい。そうすればどんな結果になっても得ることがある。私は五輪2大会でそれを感じることができた。日々、一瞬一瞬を大事にして突き進んでほしい。

 -リオ五輪で勝った瞬間の気持ちは。

 「やったー」とかじゃなくて、静かにこれまでの自分の道のりを思い出していた。ロンドンでは勝つことが全てだと思っていた。過程が大事だということが分かった。

 -田知本選手にとって柔道とは。

 27歳の今日の私にとっては、生きがいだった。

■田知本愛のコメント
■一番近くのライバル
 一緒に柔道を始めて、小さい頃から理解し合える仲間であり、一番近くにいるライバルだった遥が先に引退することに、まだ実感がわきません。最後に一緒に柔道を始めた土地で、団体戦を組めたことは、いい思い出になりました。どん底な時もあったと思うけど、そこから這(は)い上がる姿、最後は自分の最大の目標を達成する姿は忘れられません。本当にお疲れさまでした。

北日本新聞社

最終更新:10/11(水) 0:40
北日本新聞