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【二十歳のころ 江本孟紀氏(2)】先輩に楯突くとコワモテ富田勝さんが助けてくれた

10/12(木) 15:00配信

サンケイスポーツ

 大学1年生にして、監督室のドアを蹴り上げ、合宿所を飛び出す。振り返れば思い上がった行動だよ。高知商高3年時にセンバツ出場を取り消され、「人生、何が起こるかわからない。何が起きても怖くない」と妙に冷徹になり、ひねた考えを持つようになったからかな。黙っておけばいいものを、ついつい手が出る、口が出る。俺の性分で、悪いところは、この時期に形成されたよ。

 監督に怒りをぶつけるくらいだから、先輩に対してもやる。やはり1年生のころ。「ダービー」と呼ばれるランニングの練習中だった。

 2年生が1年生の列を先導し、グラウンドを1周する。先導者が交代し、また1周。これが延々、2時間も続く。2年生はいいよ。1周ずつで交代するから、元気いっぱいだ。1年生は、たまらん。倒れる者が出ても、バケツで水をかけられ、足蹴にされて、起こされ、走らされる。今なら体罰だ、熱中症だと、問題になるね。

 その2年生の中に、底意地の悪い人がいた。足が速いのが自慢で、先導に立つと、全力で走る。他の2年生は、スピードを緩めてくれるのに、この人だけは手加減なし。

 「カッチーン」ときてね。俺は後方から、残った力を振り絞って追いつき、「ドーン」と小突いてしまったんだ。

 すぐに2年生に取り囲まれた。普段から、ボール200個中、1個でもなくすと正座させられ殴られる世界だよ。先輩に楯突いたらもう、袋だたきは覚悟…。そのとき現れたね。アニキが。

 「何をやっとるんじゃい! 江本をやるなら、俺を先にやらんかい!!」

 富田勝さん(元南海など)だ。のちに田淵幸一さん(元阪神など)、山本浩二さん(元広島)と並ぶ「法政三羽ガラス」の1人。2年生の中でも“コワモテ”で、丸くおさめてくれた。富田さんには、どういうわけか、かわいがってもらったよ。自分と同じニオイを、エモトに感じたのかな。なにしろ俺も、やりたい放題だったから。

 当時の最大関心事は、食事。合宿所の分では足りない。1斤45円の食パンと、15円のバターを買い込み、寮の火鉢で焼いて、飢えをしのぐ日々。だから、東京・飯田橋の学校に行くと、学食の前で、バレーボール部の部員をつかまえる。「俺はカレーライスとスープね。代わりに払っておいて。あと帰りの電車賃、1000円貸して」。飯田橋から、川崎市の合宿所の最寄り駅、武蔵小杉まで、運賃70円。完全に、巻き上げだな。

 武蔵小杉では『百番』という中華料理店で、お世話になった。店のオバチャンは、俺たちの小遣いが少ないことを知っているから、いつも「きょうは、いいわよ」と代金を取らない。すると人間、いやしくなる。やがて一銭も持たないで行くようになる。ラーメンだ、チャーハンだと食べまくり、ポケットに手を突っ込み「いくらですか?」。オバチャンが「いいわよ」と言ってくれるのを見越してね。明らかに、ただ食いだな。

 夜になると合宿所を抜け出し、勝手に「自警団」を名乗り、多摩川の河川敷へ。雑誌を丸めてメガホンがわりにして、草むらにいるカップルに向け「こちらは神奈川県警中原署。このあたりは危険です。速やかに帰宅しなさい」。ガサゴソと出てくる男女を見て大笑い。デバガメと疑われても、おかしくないか。 (あすに続く)

最終更新:10/12(木) 15:00
サンケイスポーツ

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