ここから本文です

【大仁田厚ヒストリー〈12〉】旗揚げ戦でマイクが壊れ、荒井リングアナが地声でコール

10/12(木) 12:04配信

スポーツ報知

 FMWは、1989年10月6日、名古屋・露橋スポーツセンターで旗揚げ戦を行った。果たして観客は来るのか。不安だらけの大仁田厚は、試合前に驚きの光景を目にした。

【写真】大仁田厚VS初代タイガーマスク

 「露橋の控室の窓から会場の中を見たら客がどんどん入ってきた。びっくりしたよ。あの光景は感動した」

 たった5万円しか持っていなかった男は、3万円を借りて電話線を引いた。会場に詰めかける観客を見た時、新団体は、一人の力ではスタートできなかったことを痛感した。

 「忘れられないのは、リングなんですよ。団体作った時にまず、何が必要かって、リングなんですよ。プロレス団体でリングがなかったらどうにもならないじゃないですか。でも、当時は、今のように多団体時代じゃなかったから、リングを作る鉄工所も限られていた。知人から鉄工所を紹介されて、社長にお願いすると“金持っているのか”って聞かれて“ありません”って言ってね。リングを作るのに“700万”と言われた。そんな金あるわけないじゃないですか。何とか頭を下げていると、そのオヤジが何を感じたのか“今から証文書くから、毎月払ってもらえればいい”ってローンでの支払いを認めてくれてね。そういうところからFMWは始まった」

 旗揚げ戦のリングは、他団体から借りたが、年内には自前のリングが完成した。様々な人の支えで迎えた露橋スポーツセンター。試合途中にアクシデントが起きた。

 「リングアナウンサーが使うマイクが壊れたんですよ。どうやっても直らなくて、荒井昌一リングアナウンサーが地声でコールした。荒井の地声が体育館に響いてね。ファンは逆に大きな拍手を送っていた。あれは印象的だった」

 地声のコールは、予想外のアクシデントもありのままを受け入れ、感動を呼んだ後のFMWを予感させる出来事だった。試合は、全7試合。「おもちゃ箱をひっくり返したようなプロレスをやりたい」との思いそのままにプロレス対柔道の異種格闘技戦があれば、女子プロレスの1対3のハンディキャップマッチもあるバラエティに富んだマッチメイクとなった。

 「当時は、こんなマッチメイクは、なかったから批判を浴びた。でも、それよりも、自分がやりたいことをやろうとそれだけだったよ。それで、今は、男子のリングで女子が試合をやるのは当たり前になったし、男子と女子が戦うミクスドマッチも普通になった。全部、初めは自分がやったんですよ」

1/3ページ

最終更新:10/12(木) 13:42
スポーツ報知