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【衆院選 候補者の横顔】山梨1区(下) 届け出順

10/13(金) 7:55配信

産経新聞

 □自前 中谷真一氏(41)

 ■自衛隊で安保を深く考えた

 --甲府に育ち、ラグビーに熱中したそうだが

 「始めたのは甲府一高時代。ポジションはフランカー。今も社会人クラブで続けている。他のスポーツと何かが違う。目的に向かって組織で戦う魅力というか。ラグビーから離れられない」

 --なぜ防衛大学校に進んだのか

 「初めは一般の大学に進むつもりでいた。ところが、高校卒業後に浪人して予備校の寮に入ったとき、寮監から『防衛大学校に入ってみないか。普通の大学だから』といわれ、受験したら受かった。後で知ったが、寮監は元自衛官だったんです」

 --入校後の印象は

 「うーん、普通の大学とは雰囲気が違っていた。ただ、入ったら危険を顧みず命を張ろうって考えるようになった。公の役に立ちたいという気持ちは昔からあり自衛隊に進んだ」

 --政治を志したきっかけは

 「陸上自衛隊でパラシュート部隊などにいた。イラクに行った仲間が外国の部隊に守られる現実を見るなど、日本の安全保障を深く考える機会を得た。安全保障が政治の影響を受けていることを実感した。思ったらやっちゃう性分で、自衛隊を飛び出した」

 --趣味は「あいさつ運動」だとか

 「朝の辻立ちです。通勤ラッシュに橋の端とかに立って、通った方にあいさつする。最初に選挙に出たときからずっと続けている。国会がないときは週2回ぐらい。反応してくれない人が多いけどもね。それでも、新車が増えたとか、何となく世の中の動きがわかる」

 --好きな有名人は

 「俳優では高倉健さん。あの役柄が好き。歌手では昔から長渕剛さんが好きです。カラオケで一番歌うのは『巡恋歌』かな」

 --お子さんは

 「4人。上から女の子が2人、男の子が2人。1歳半の一番下なんか、女房が片付けた後から付いていって散らかしてしまいます。忙しくて触れ合いの時間がなかなか取れないが、たまに動物園に行っている」

                  ◇

 □無前 中島克仁氏(50)

 ■地域医療を「自分で何とか」

 --現役の医師だが

 「議員になった今も国会のないときに(北杜市の)診療所で診察している。以前、診療所で在宅医療を行っていたが、経営的に厳しくなり、やむなくベッドを閉鎖した。翌年、仕事量は減ったのに経営が改善し、疑問を感じた」

 --どんな問題が見えた

 「この10年で地域医療を取り巻く環境が大きく変化した。1人暮らしの高齢者が増え、老老介護で『在宅で介護したいができない』という家庭が目に見えて増えてきた」

 --それで政治に関心を抱いたのか

 「当時、おやじ(故中島真人氏)は現職の参院議員だったので、医療政策をいろいろ話した。地域医療の現状に制度が合わなくなった。それを自分で何とかしてみたいなと」

 --東日本大震災にボランティアで参加した

 「医療支援で宮城県の気仙沼に行った。もともと医療基盤が弱い地域での被災を目の当たりにした。制度を変えたい気持ちがより強くなり、翌年の衆院選に出馬した」

 --父親の影響も

 「正直、子供のころは政治家になることは全然考えていなかった。おやじが生きているころは一度も『お前、政治家になれ』とはいわれなかった。むしろ、医者として社会に貢献しろといわれた」

 --医師になったのは

 「中学、高校で足を手術し、県立病院で担当の医師に憧れたのがスタート。帝京大学医学部に受かったが、私は英語が苦手で、知っている医学部で唯一、英語が入試の必須科目になかった」

 --学生時代に打ち込んでいたことは

 「ラグビー部に所属し、よく『医学部体育科』と言っていた。フランカーをやっていた。留年しているので8年続け、キャプテンも2回やらせてもらった」

 --好きな有名人は

 「浅田真央さんのファンです。ソチ冬季五輪のショートプログラムで失敗したが、その後のフリーで頑張った。つらくなったときには、当時のビデオを見ると励まされる」

最終更新:10/13(金) 7:55
産経新聞

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