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「会津藩士の埋葬禁止令は虚構」 歴史家・野口信一さんが講演

10/13(金) 10:47配信

福島民友新聞

 戊辰戦争で新政府軍が会津藩戦死者の埋葬を禁じたとの通説を覆す新史料を発見し、「会津藩士は埋葬されていた」と主張する会津若松市の歴史家野口信一さん(68)の講演会「会津戊辰戦死者埋葬の虚と実」は12日、同市で開かれ、野口さんは「遺骸が半年も風雨にさらされ、悲惨な状況にあったとの通説が特に長州藩への遺恨のもとだった。どう捉えるかは個人の考えもあるだろうが、誤った歴史認識は正すべきだ」と語った。
 新史料は、会津藩士の子孫が1981(昭和56)年に同市に寄贈した史料174点の中から見つかった「戦死屍取(せんしかばねとり)仕末金銭入用帳(しまつきんせんにゅうようちょう)」。会津藩が1868(明治元)年9月22日に降伏開城した後の戦死者埋葬と費用を記載している。筆者不明だが、藩士の武田源三、赤羽彦作、斎藤茂助、水野平八が鶴ケ城の城下や郊外で遺体を捜索し、64カ所に567体を埋葬したことを記す。
 野口さんは講演で「降伏の10日後には埋葬が行われていた。69年2月に阿弥陀寺への『改葬』(1281体)が始まったが、これが誤解を生んだのだろう。埋葬禁止は昭和40年代以降に言われるようになったと考えられ、史実となってしまった」と説明。さらに「長州藩だけが埋葬を禁止したとは考えにくい。長州藩への遺恨の最大の要因を考え直す契機になる」と述べた上で、「遺恨が誤った歴史認識に基づくのでは恥ずかしい。来年は戊辰戦争150年の節目でもあり、今が仲直りのチャンスかもしれない」と語った。

福島民友新聞

最終更新:10/13(金) 10:47
福島民友新聞