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わずか3年でロッテをクビの京大出身・田中 同じく名門大卒でメジャー270勝右腕ムシーナとの違い

2017/10/31(火) 16:45配信

東スポWeb

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 2014年に京大からドラフト2位でロッテ入りした田中英祐投手(25)が10月3日、戦力外通告を受けた。西の最高学府から鳴り物入りで球界入り。京大出身初のプロ野球選手として1年目から活躍を期待された。ところが、一軍登板は15年の2試合だけで以後は二軍暮らし。そのまま、わずか3年でクビを通告されたのだから本人も悔しいだろう。

 京大時代は文武両道だったにもかかわらず速球は140キロ後半を頻繁にマーク。制球も安定していた。私が1年目の取材で見たブルペン投球でも他のプロ投手と遜色のないボールを投げ込んでいた。そんな投手がなぜプロ入り後、もがき苦しんだのか。「イップス」もさることながら、「性格」も大きな要因だった気がしてならない。 

 田中は日頃から本当に真面目で低姿勢。私もロッテ入団当初から何度も取材経験があるが、厳しい質問を投げかけても常に一言一句、丁寧に答えてくれた。その半面、今春の石垣島キャンプでは「取材もそうですが、どうしても何かあると考え込んでしまう。いろいろな人からもらうアドバイスも細かく考え過ぎるので。そこを改善したい」と自らの“欠点”を嘆いていた。京大工学部卒という頭脳の持ち主。緻密な計算のもと、常に完璧を追い求め、周囲からの情報を必死に取り込もうとしたはず。だが、そこはプロ。もう少し、自らのペースで野球に取り組めなかったのか。

 田中の姿を見て、メジャー取材時代に出会った高学歴選手を思い出した。オリオールズ、ヤンキースで活躍したマイク・ムシーナだ。 

 08年の引退までに通算270勝を挙げた右腕は米国の名門スタンフォード大卒。在学中から経済学に精通するなど、メジャーでも屈指の“秀才”として1990年にプロ入りした。この点では田中と同じ。決定的に違ったのはその後の彼の姿勢だった。

 ムシーナは基本的に球場、ロッカー内では孤独を貫き、周囲への迎合もなし。特にヤンキース時代はその傾向が顕著で、試合後には勝敗に関係なく足早に球場を後にする姿が目立っていた。当然、周囲からは変人扱いされ、メディアも「気難しい男」として近寄らなかった。それでも動じることなく、我が道を進み、毎年白星を量産。プロ2年目の92年から17年連続2桁勝利を記録し、20勝を挙げた08年に電撃引退した。

 チームワーク重視の野球をするうえで、彼の姿勢が称賛されるとは思えない。ただ、周囲に流されずプロとして結果を残し続けた寡黙な右腕を批判する人は皆無だ。

 もし田中がムシーナのように、強い精神力で自らのスタイルを貫き続けていたら結果は変わっていたかもしれない。そう考えると、田中の早すぎる戦力外は個人的に残念で仕方がない。

最終更新:2017/10/31(火) 16:45
東スポWeb