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【Player of the week】 日本代表になったアフリカーナー。ヴィンピーは桜に憧れ夢を追う

2017/10/31(火) 15:37配信

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

 世界選抜メンバーとして来日したリオ五輪銅メダリストのクワッガ・スミスは、ヴィンピー・ファンデルヴァルトのことをあまり知らないようだった。自身はセブンズでキャリアを重ね、会見の質問で名前が出たその男は若い頃に海を渡っていたから、対戦する機会も少なかったのだろう。同じ南アフリカ人が日本代表になった。すばらしい、健闘を祈る。そう言って祝福したスミスだが、南アで特別に目立つ存在ではなかったヴィンピーについて、あまり多くを語ることはできなかった。

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 ヴィンピー・ファンデルヴァルトは1989年、南アフリカはノースウエスト州のブリッツという町に生まれた。650を数える日本代表歴代キャップ保持者のうち、南アフリカ出身者は、ジンバブエ人の父と日本人の母の間にプレトリアで生まれた松島幸太朗がいるが、オランダ系白人のアフリカーナーではヴィンピーが初めて桜のジャージーに袖を通す。

「初めての日本代表キャンプを楽しんでいます。みんなよくしてくれる。宗像合宿ではリュウジ(野口竜司)がルームメイトで、まだ大学に通っている彼は英語も上手で、いろいろと助けてくれます。私はまだみんなの名前を憶えている段階なので、これからもっとコミュニケーションをとっていければと思っています」
 シャイで、南アにいた頃からあまりしゃべる方ではない。でも、日本代表のチームメイトの多くは彼のことを「ヴィンちゃん」と呼び、仲良くしてくれることが嬉しい。

 7歳からラグビーを始めた。タックルが得意なのは、13歳までやっていたレスリングの経験も活きているのかもしれない。南アフリカに生まれた子どもだもの、もちろん、スプリングボックスになりたかった。高校南ア代表に選ばれ、才能のある若い選手を発掘する大会でも活躍し、今年のカリーカップ(南ア国内最高峰大会)で断トツ最多34回目の優勝を果たした名門のウェスタン・プロヴィンスに入団した。

 夢へ向かって、順調にエリートコースを進めればよかった。

 しかし、22歳のときにスーパーラグビーチームのストーマーズに昇格したが、ウォームアップゲームで2試合出場しただけ。翌年、イタリアに渡って1部リーグに属するサングレゴリオ・カターニアでプレーするも降格が決まったチームに長くいることはなく、帰国。その後、スーパーラグビー参入が決まって誕生したばかりのサザン・キングズに加わり、のちに古豪ブルズでもプレーしたが、輝くことはできなかった。
 が、2013年にNTTドコモレッドハリケーンズに入団し、日本でプレーしているうちに新しい目標を見つける。いつか日本代表に入りたい――。

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