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「奄美とは何か再考を」 神戸で島尾敏雄問う

10/31(火) 13:00配信

南海日日新聞

 今年、生誕100年を迎えた作家・島尾敏雄に関するリレートークイベントが10月21日、神戸市灘区の神戸文学館であった。「神戸から島尾敏雄を問う 文学・思想そして奄美の視点から」をテーマに島尾作品、ヤポネシア論について意見交換。「顕彰から検証へ」と問題提起した。

 語る人は3人。イベントを企画、担当した大橋愛由等さん(詩人、図書出版まろうど社代表)は冒頭、「島尾はさまざまな場所にかかわった表現者だが、神戸と奄美は島尾にとって枢要な場所。島尾の遺した仕事を顕彰ではなく、あらためて検証するきっかけにしていきたい」とあいさつした。

 小説家の高木敏克さんは「島尾独特の夢のような小説世界は神戸的な世界だ。その神戸的な世界というのは土着風景ではなく、幻想的風景であり、あえて神戸の土着とは何かと聞かれれば、それは虚構だと言いたい。神戸とは虚構の町なのだから。吉本隆明は島尾作品を『異和』という概念で解読したが、神戸時代に書かれた『石像歩きだす』や、晩年の『夢屑』を読んでいると島尾文学の特質は「行き違い」ではないかと思う」と語った。

 与論島出身でマーケターの喜山荘一氏は「もともと奄美群島には『奄美』という呼称はなく、住民にも自覚されていなかった。今も群島を南下していくと奄美という言葉は群島を総称する言葉として使われなくなる。島尾が『琉球弧』という呼称で奄美を包み込み、さらにはヤポネシアを提起することで新たに奄美を位置付けた意義は大きい。島尾はコンセプター(コンセプトを提示する人)といえる」との見解を示した。 

 会場からは前利潔さん(知名町役場)が発言。「島尾のヤポネシア論の根底のモチーフには、日本の中に『奄美』を正当に位置付けることによって、『奄美』の人々に励ましを送ろう、という思いがあった。いま『奄美』という言葉が氾濫しているが、島尾の言説を手掛かりに、『奄美』とは何かを再考する必要がある」と指摘した。

 最近、奄美内外で話題になっているミホ夫人の評伝(梯久美子著『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ』)についても意見を交わした。「作家の意図に反してフィクションをノンフィクションとして読もうとする傾向が出てきたのではないか」と厳しい評価があった。

 大橋さんは「今回のトークは、神戸と奄美からの島尾敏雄への語り返しの一歩となったのではないか。島尾夫婦を直接知らない世代の新たな島尾語りが始まった印象を持った」と締めくくった。

奄美の南海日日新聞

最終更新:10/31(火) 13:00
南海日日新聞