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【尊厳ある介護(16)】施設入りやヘルパーを拒否したが

2017/11/1(水) 12:03配信

ニュースソクラ

望まぬ入院で「施設」の快適さに気づく

 「坂田すえ子さん(仮名、86)の家に行ったら倒れていて。今、救急車を呼んだけど」と民生委員さんから慌てた声で電話がありました。電話を代わってもらい救急隊員と話すと、保証人がいないと搬送先の病院の受け入れが難しいとのことでした。やむをえず「私が、保証人になります」と答えて、坂田さんの搬送先が決まりました。

 坂田さんは、一人暮らしで身よりがなく軽度ですが認知症があります。民生委員さんが対応に困って相談に来られました。それで、坂田さんの家に訪問しました。玄関のベルを鳴らしても出てこられないので、家に入ると床に弁当の食べ残しや下着など散乱していました。何度も坂田さんの名前を呼ぶと、やっと奥からはって出てこられました。それが初めての出会いでした。

 出てこられた坂田さんは、配食弁当が置いてあったので、食事は何とかできていると思われましたが、入浴はされているようには見受けられませんでした。これでは、一人暮らしをするのは無理だと考え、施設入所を勧めようと民生委員さんと話し合いました。

 坂田さんに施設入所のお話しをすると、「施設に入るなんてとんでもない。家に居たい」と繰り返し言われました。施設入所は、坂田さんとってハードルが高いと考え、「ヘルパーに家の掃除や買い物、入浴の手伝いをしてもらえばいかがですか」と提案すると「知らない人が家に来るのは、嫌だ」とこれも拒否されました。

 仕方なく民生委員さんと私たちが定期的に訪問をして様子を見るということで、その日は帰りました。

 民生委員さんはその後もこまめに訪問してくださっていて、倒れていた坂田さんを発見したのでした。

 坂田さんは、無事入院となりました。いろいろな検査をした結果、末期の悪性の腫瘍が見つかりました。

 お見舞いに行ったところ、病院での坂田さんは、入浴もされてこ綺麗になっていらっしゃいました。いつも弁当ばかりだったせいか病院食も気に入っている様子でした。

 一応の治療を終え、いよいよ退院となりました。ところが、「退院したくない」と言われ始めたのです。あれほど、家での生活にこだわっていたのに、今度は「家に帰りたくない。ずっとここに居たい」と言われるのです。どうして気持ちが変わったのでしょうか。

 私の中に、デマンドとニーズという二つの言葉が浮かびました。

 デマンドは、利用者がこうして欲しいと望むもの、ニーズは、本当に必要な満たされなければならないものです。

 坂田さんは、認知症もあり判断力や理解力に低下がありました。自分の現状を正しく理解できず、今の生活を継続することがデマンドで、それ以外の選択肢が考えられなかったのだと思います。

 望みはしなかったけれども入院をして、温かい食事と清潔な環境、周りに誰かがいて安心できる入院生活をされたことで、ニーズが分かり満たされたのでした。

 私は、自分の力のなさを実感しました。もっと積極的に、ニーズを引き出す支援をすることができたのではないかと省察したからです。

 例えば、「歩くのに不便はありませんか。一緒に病院に行って診てもらいましょうか」とお声をかければ、歩行に困難を覚えている坂田さんは、病院受診をされたかもしれません。

 また、施設のパンフレットを見せて「施設見学だけでも一緒に行きませんか」とお誘いすれば、施設見学は無理だったとしても、坂田さんの施設に対する負のイメージを払拭する機会になったかもしれません。私のした支援といえば、坂田さんを訪問し家の掃除をしただけでした。

 坂田さんは、入院の継続を望まれましたが、退院を余儀なくされました。そして、亡くなるまでの短い間でしたが、自宅で過ごされました。
 
 (注)事例は、個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。今年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設予定。

最終更新:2017/11/1(水) 12:03
ニュースソクラ