ここから本文です

助手席の男は飛び出して車を止めようとした パリ~ダカールラリー2001年大会で起きた事件

11/10(金) 15:38配信

J SPORTS

ダカールラリー主催者が40年の歴史を振り返る動画を公開

(c)J SPORTS/A.S.O

「世界最高峰のアドベンチャーラリー」と呼ばれるダカールラリーは、2018年大会で40回目の節目を迎える。
40回目の大会のテーマは

DREAM.
DARE.
LIVE IT.

『夢を持て 挑戦せよ 人生を楽しめ』

もう、少年ジャンプの掲げるようなド直球なテーマだと思う。
口に出したらちょっぴり恥ずかしいけれど、いつまでも夢を持って挑戦し、人生を楽しめたら最高だ。
乱暴に訳せば「人生は一度きり、夢に向かって生きようぜ」と、なるだろうか。

40周年大会ということで、主催者であるA.S.O(アモリースポーツオーガナイゼーションという、フランスのスポーツイベント主催団体。ツール・ド・フランスやパリマラソンの主催者でもある)が、大会スタートに向けてカウントダウン動画を発表し始めた。
その動画数は40回目の開催にちなんで、「40」本。

ということで、順次40本を紹介していきたい。
最初の大会は、1979年なのでもしかしたら「そんな昔の話、キモっ」と思われるかもしれないが、ここ最近の大会の動画もあるので、時代の移り変わりを感じられることだろう。

許せなかった前代未聞の「卑怯な行為」

一本目の動画はこちら
タイトルは「シュレッサーと増岡の闘い」 
舞台は第23回、2001年のパリ~ダカールラリーだ。
事件は1月20日、ラリー最終日の前日に起きた。首位を走っていた増岡 浩(チーム三菱ラリーアート)のパジェロは、青いシュレッサーバギーの2台にコースをブロックされる。何とか追い越そうとして、脇道に出たところで左後輪を激しくヒットし、タイムロス。
2位に転落し、翌日そのままの順位でゴール。初優勝はならなかった。

もう少し詳しく話すと、事件前日の1月19日のラリーで首位だった増岡、20日は1番手スタートだった。これはダカールラリーの通例で、遅い車が先頭を走るのは危険ということ等が理由からだ。1番手のスタートを待っていた増岡の前に、2台のシュレッサーバギーが突如、増岡のパジェロの前に割り込んできて、ペナルティ覚悟で先にスタートを切った。
ここまで汚いやり方は、後にも先にも見たことが無い。

パジェロの前には2台のシュレッサーバギーが、増岡をあざ笑うかのように走る。
増岡は何とかすぐ前のシュレッサーバギーを脇道から抜くが、その際に隠れていた木の切株に左後輪をぶつけてしまう。破損しながらも走るものの、あらぬ方向を向いた左後輪の破損のため、それ以上の走行は不可能となりストップ。

助手席で地図を読むナビゲーターのメモンは、車から飛び降りてシュレッサーバギーの前に立ちはだかる。普段は温厚で知られるメモンも、この暴挙を許すことができなかった。
結果として、増岡は総合2位となり、念願であった初優勝の夢は叶わなかった。(優勝は増岡のチームメイト)

1/2ページ

最終更新:11/11(土) 9:33
J SPORTS