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ITエンジニアの副業はあり寄りのなし? なし寄りのあり?

11/17(金) 8:00配信

@IT

 スマートフォン(スマホ)アプリにおけるインディ(個人)開発者のお話をしよう。今回は副業での開発であるにもかかわらず、そのアプリを企業に持ち込めば、そのまま買い取ってもらえるのではと思える程のクオリティーを実現した事例の紹介である。

 筆者も、本業以外の部分で、趣味の延長線上でiOSの楽器アプリを開発しているので、個人の副業開発者には、ついついシンパシーを感じてしまうのだ。今回、ご登場いただく「bismarkさん」の場合、本名が知られてしまうと本業の各方面に支障を来すということなので、ハンドル名でご登場いただく。bismarkさんの副業歴は長く、2016年には、海外からの大きな仕事が決まったことをきっかけに、副業状態のまま個人事業者として法人成りした。

 今回、bismarkさんが開発したのはiOS版の音楽プレーヤー「scylla」(スキュラ)。シンプルなUIで簡単明瞭な操作にこだわった音楽プレーヤーだ。無料でダウンロード可能だが、アプリ内課金でハイレゾやFLACファイルの再生機能を追加することもできる。さらに、ハイレゾ再生に対応したUSB DAC(Digital to Analog Converter)を接続すれば、それ相応の音質を堪能することも可能だ。

 大きな特徴は、前述のシンプル操作に加え、iOS端末内にある「ミュージック」アプリのライブラリはもちろん、iCloud Drive、Dropboxといったインターネットのストレージ上に保存してある音楽や、ハイレゾの音楽ファイルを統合的に扱える点にある。特に、圧縮音源とハイレゾ音源を同じプレイリストに混在できる機能は、珍しいのではないだろうか。その他にも、「ミュージック」が対応していないFLACの再生や曲名、アーティスト名の読み上げ機能といった特徴も兼ね備えている。

●副業でのアプリ開発実績をアピールして大手ネット企業に転職

 アプリの紹介はひとまず置いておき、筆者としての興味は、まず「副業での開発」という部分に向く。昨今は政府主導による「働き方改革」や「創業・新規事業創出の推進」が叫ばれ、兼業・副業の促進も取り組みの1つとして挙げられている。ただ、政府がそうやって旗を振っても、実態は追いついていない。2017年2月にリクルートキャリアが公表した「兼業・副業に対する企業の意識調査」によると、「兼業・副業を禁止している」企業は77.2%にのぼる。

 上場企業に限って言えば、「認めており、届け出も必要ない」企業が 1%、「認めているが届け出または許可制」企業が17.9%とある(日本経済新聞社・日経リサーチ、2017年1月発表)。以前と比較すると年々寛容にはなっているそうだが、日本は総じて兼業・副業には慎重な社会であることが分かる。bismarkさんの会社(本業の方)は、「副業は禁止ではないが、届け出が必要。ただ、申請が面倒なので黙っている」と耳打ちする。

 実は筆者の周辺には、bismarkさんのように本業の業務で日々スマホアプリを開発しているのに、アフターファイブや週末に自宅で自分の好きなアプリを開発している人が複数いる。読者の中にも多くいると勝手に想像しているのだが、いかがだろうか。

 筆者の場合、本業は音楽制作業であり、副業のアプリ開発は異なる分野なので、“副業感”が強く気持ちのリセットができる。一方、友人や知人の副業アプリ開発者に関しては、いくら自分の好きなアプリを作っているとはいえ、会社でゴリゴリとSwiftやKotlinでコードを書いて、夜や週末にも自宅で同じことをするのは、仕事を持ち帰っているようで、気持ちの切り替えができるのだろうかと他人事ながら心配してしまう。

 ただ、その心情は別のところにあるようだ。受託でアプリ開発を行う企業のあるプログラマーは筆者に次のように吐露する。「会社で業務として行う開発は、さまざまな制約の中で進めているので、試したい新しいフレームワークがあってもそうそう試せるものではない。そういったものを自分のアプリでトライしている。そのような経験が業務に生かせる場面もあり、自分の評価にもつながる」

 そういえば、アプリ開発の経験をキャリアパスの武器として転職を成功させた知人プログラマーもいた。筆者が2009年にリリースした最初のiOS(当時はiPhone OS)アプリは、小さなSIerに務める若いプログラマーと組んで開発した。もちろん、彼にとっては副業である。

 彼はJavaが得意なプログラマーだったが、そのとき初めてObjective-Cによるアプリ開発に挑戦し、アプリを無事にリリース。その実績を引っ提げて超有名な一部上場ネット企業へ転職した。そのネット企業が、ちょうどスマホのアプリ対応を進めていたこともありグッドタイミングでのチャレンジだった。副業の実績が彼の評価を高めたわけだ。

●エンジニアの副業は資本家による搾取の構図?

 ちなみに、本コラムの主役であるbismarkさんの場合、本業の方では、プロジェクトをマネジメントする立場に就きコードを書く機会がめっきり減ったしまったことで「自分の時間を使ってコーディングすることでフラストレーションの解消になる」と笑う。コーディング大好き人間というのはそういうものであろうか。とても興味深いのは、コーディングが最もはかどるのは、片道約1時間の通勤電車の中だという。「神奈川県の奥地から都心まで通っているので朝は必ず座れる。ほぼ毎日、音楽を聴きながらコーディングしている」という。

 こういう話を聞いていると、ふと頭に浮かぶのがGoogleの「20%ルール」だ。「週間勤務時間のうち1日分を自ら取り組んでいるプロジェクトに費やすことを許す」という有名なGoogle独自の企業文化である。GmailやGoogleマップは、そのようなプロジェクトがきっかけになったという。

 Googleがこのルールを取り入れた理由はさまざまであろうし、他でたくさん語られているが、これはエンジニアの心情や特性を知り尽くしているからこそのマネジメント手法なのではないのか。ちょっと意地悪な見方をすれば、資本家が労働者の剰余価値(マルクス経済学でいう不払い労働による価値)を搾取するための有効な方法とも思える。

 エンジニアは、自分の好きなプロジェクトを成功させるために、20%ルールの枠を超えて、アフターファイブや週末など自分の時間をプロジェクトの開発に費やすであろうことを知っているからこそのマネジメントの一手法といえるのではないか。資本家のずる賢いやり方と見るのは物事を斜めに見過ぎているのであろうか。

●本業の悔しさを副業でリベンジ

 話をアプリの開発に戻そう。今回bismarkさんが開発したのは、音楽プレーヤーだ。このジャンルは、日本ではKORGやONKYOといった有名ブランドが既に進出している競合ひしめく分野だ。いや、それ以前にiOSには「ミュージック」という純正の音楽アプリがある。なぜ、わざわざレッドオーシャン化したジャンルに分け入るのだろうか。

 bismarkさんは「iOS純正の『ミュージック』アプリは、Apple MusicやiCloudミュージックライブラリなど、年々、機能を積み重ねてきたことで操作や機能が複雑になっている。シンプルで直感的に使える音楽プレーヤーを作りたかった」と言う。またbismarkさんには、過去三度ばかり業務で音楽プレーヤーを作った経験があるのだが、三度とも「ほぼ完成しているにもかかわらず政治的な理由で中止になりじくじたる思いを抱いていた」と顔を曇らせる。本業の悔しさを副業でリベンジといったところであろうか。

 そういう経験があるだけに、作り方は十分心得ているであろうし、音楽プレーヤーとしての理想形も描いていたのだろう。その理想形の1つが「シンプル」ということになる。bismarkさんが言うように、確かに、筆者も日々「ミュージック」を使っていて「Appleのシンプル哲学はどこにいったの?」と首をひねる場面に遭遇する。

 特に、Apple MusicやiCloudミュージックライブラリを利用しているユーザーであれば「『ミュージック』アプリ、大丈夫か?」と思わせる状況に直面した経験があるのではないだろうか。ローカルで取り込んだ音楽とクラウドの音楽をシームレスに扱おうというコンセプトが災いし、概念が複雑になっているだけではなく、運用上でも、あり得ない曲の入れ替えやアルバムカバーが無関係なものに置き換わるといった現象が多数報告されている。

 実際、筆者もCDからリッピングしたライブアルバムなのに、同名のスタジオ盤の楽曲に置き換わる事象を複数回経験しているし、CDからリッピングしたにもかかわらず、「○○○○○はご利用いただけません」と表示され聴くことすらできないことがある。この辺りの不具合は、厳密に言うとアプリの仕様よりもクラウド側の仕組みが深く関わっているので、一概に「ミュージック」アプリを責めるのはかわいそうな気もするが、ユーザー目線で評価する場合は、アプリの動作や操作性で判断するしかない。

●アプリのプロモーションは個人開発者共通の悩み

 結局、そういう不具合の連発に嫌気が差し、最近、ストリーミングの楽曲はSpotifyばかりを聴いている。ただ、Spotifyのアプリはローカルライブラリの曲を聴くことができない。というわけでCDからリッピングした曲は、サードパーティー製の音楽プレーヤーアプリに転送して聴くことにしている。特に、ハイレゾの音楽をハイレゾの音質で聴くには、対応したプレーヤーアプリとUSB接続のDACが必要になる。

 そんな中、最近、この記事を書くためにscyllaを使い始めたのだが、確かにシンプルなUIで動線を理解しやすくアプリとしての高感度は高い。bismarkさんのいう「シンプルで直感的に使える音楽プレーヤー」という意味がよく理解できる。ただ、その一方でbismarkさんは「このアプリの良さを多くの人に知ってもらうために、どのようなプロモーションを行えばいいのか。その方法が分からない」と悩む。

 アプリのプロモーションは、個人開発者共通の悩みである。特にハイレゾに対応した音楽プレーヤーとなると、マニアックなイメージが先行するだけに一般ユーザーへの訴求はハードルが高い。マニアックな鍵盤楽器アプリをリリースしている筆者もその辺りの事情はよく理解できるし、明確な解は思い浮かばない。ただ、グローバルニッチを狙える分野であるだけに、マニアが集結するコミュニティーへの情報発信を地道に続ければ、アプリの良さを理解してくれる人は必ず存在するのではないか。

 筆者の場合、あるアプリのローンチ時、Facebookの同好の士が集まるコミュニティーに対し、リリース前から情報を小出しにすることで期待感を煽り、初登場時に欧米圏のApp Storeでカテゴリー別ながら上位を記録したし、英国では1位を達成した。三日天下ではあったが、その後の開発活動の励みにもなったし、グローバルニッチ系アプリの可能性を感じたのも事実だ。

 また、冒頭で「企業に持ち込めば、そのまま買い取ってもらえるのではと思える程のクオリティーを実現」と述べたようにscyllaの場合、そのクオリティーの高さから、ある有名音楽レーベルからOEMで専用プレーヤーへの転用の可能性についての打診もあったという。こちらはまだ打診の段階なので今後ビジネスとして発展するかどうかは不明ということだが、クオリティーの高いアプリをリリースすれば、それを認める人がいて、新たな道が開ける可能性もあるだろう。実現すれば、副業実践者冥利(みょうり)につきる展開だ。

●個人もハッピーになり企業にも得るものが多いエンジニアの副業

 本コラムは、アプリの紹介を織り交ぜながら個人開発者における副業というテーマで語らせてもらっている。Googleの20%ルールではないが、エンジニアが業務以外でアプリ開発など、何らかの個人的なプロジェクトを行うことは、企業にとっても大きなメリットがあると思うのだ。

 例えばささいなことではあるが、App Storeへのアプリの申請にしても、経験して初めて分かることも多い。ちょっとした個人開発のアプリを申請することでその手順や勘所を押さえておけば、受託開発のアプリを代理申請する場合などにスムーズに進行させることができ、大いに役立つのではないだろうか。

 エンジニアの副業は、個人もハッピーになり企業にも得るものが多い、という結論に達したところで、このコラムを〆たい。

●著者紹介
○山崎潤一郎
 音楽制作業を営む傍らIT分野のライターとしても活動。クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わり、自身がプロデュースしたアルバムが音楽配信ランキングの上位に入ることもめずらしくない。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999

最終更新:11/17(金) 8:00
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