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「定年後に1億円」は本当に必要なのか

2017/11/20(月) 7:23配信

ITmedia ビジネスオンライン

 一番心配なのに、一番どうにもならないのが、お金である。そこを押して、なんとかならないものかな。おあつらえむきに、奥村彰太郎氏(ファイナンシャルプランナー)の『定年後のお金の不安を解決する本』(知的生き方文庫、2014)という本がある。そうか「お金の不安を解決」してくれるのか、そんな不安ならしこたまあるよ、と思って読んでみたが、ふふ、やはりそんなうまい話、あるはずがないのである。

定年後の生活にどのくらいの資金が必要なのか

 ただ、年金の得なもらい方とか、保険の選び方とか、ローンの繰り上げ返済とか、葬儀費用の節約の仕方とか、どんな本にでも書いているようなことが書かれているだけである。当然ながら現在の貯蓄が倍になる方法とか、そういうことはない。

 「年金でどう生活していくかを考えることが、お金の不安を解消する第一歩」ということで、「年金をもらいながら働く」方法とか、年金で足りない部分は働くかなにかして補わなければならない、などと書かれているが、みんなすでに、誰からいわれなくてもやっていることばかりである。

 最後に、奥村氏はけっこう図々しいことをいっている。「みなさんのお金の不安は解決したでしょうか? 人によって、お金の状況はまちまちですから、さまざまなご意見があることでしょう」。そんなに意見がないから、あなたの本を読んでみたのだが、「預貯金が足りないのであれば、確定拠出年金やNISAなど非課税の金融商品の利用を考えみる」「何か不安のもとをつかめば、対応策はいくらでもあるのです」と、素っ気ない態度。そしてついには、こんなおざなりのお言葉だ。「定年までの残り時間を、どう使うか――その時間を上手に使うことこそが、お金の不安を解決する近道です」

 弱ったね。元々、「お金の不安を解決する」という惹句にひっかかった私が浅はかだったのである。まあ本当のことをいえば、そんなに「不安」があったわけではない。

 「定年後いくら必要か」のテーマを書く上で、「不安」のフリをしていただけで、実際は、ないお金はない、と開き直っているのが実情である。いったん不安に襲われたら、それを取り除くことはけっこう難しい。

 最初から無駄な不安にとりつかれないこと、それが一番である。これは決しておざなりではない。

 気を取り直して、次にいってみよう。定年後の生活には一体どれくらいの資金が必要なのか。そのへんのことを書いた本を開いてみる。いっとくけど、ないものはないからね、とあらかじめ次の著者に断っておいて読み始める。

●定年後に必要なお金が1億円と聞かされても

 定年後いくら必要なのかが、よく雑誌などで特集されているが、金額はまちまちである。そのつど、バカいってんじゃない、と私は思う。自分で、いくら必要なのかね、といっておいて、バカいってんじゃないもないものだが、一応、退職後の想定必要総額はこういうことで出てくる。

 その計算方式は、毎月の予想生活費×12カ月×平均余命年数である。まあ誰が考えても、そうなるわな。岡崎充輝『図解 定年までに知らないとヤバイお金の話』(彩図社、2017)には、毎月約31万円×12カ月(年372万円)×平均余命22年間=約8184万円としているが、女性は男性より平均余命が6年長いから、「そこまで考慮すると、定年後に必要なお金は、1億円に近い金額になるようです」。

 やっぱりな。1億円。「知らないとヤバイ」だけじゃなくて、知っても「ヤバイ」じゃないか。私たちは「定年後の生活費は今より減るんじゃないか」と考えがちだが、「食費や水道光熱費、住居費などの生活費の中心は減ることはない」と考えたほうがいい。しかも生活費以外にも、住宅ローンが残っていればその返済があり、税金(自動車税、固定資産税、消費税、相続税、一定以上の収入があれば年金にも税金がかかる)も健康保険料も、医療費もあり、結局、定年後に必要な資金は1億円以上になることが予想される、という。

 なんだこれ? と一瞬ギョッとなるが、これはもちろん、最低1億円は定年前に準備しておかなければならない、ということではない。そんなこといわれたら、私は生きてはいけなかった。定年後には伝家の宝刀の退職金と、とりあえず年金がある。といって、むろん安心はできない。

 まずは退職金である(いまでは退職金制度がない会社も多い、と聞くが、実情はよく知らない)。大卒、勤続35年の退職金は平均して2350万円といわれる(本によっては2200万とも2500万とも。ちなみに1500万円までの退職金は無税。それ以上になると税金がかかるが、大した額ではない)。しかし当然のことだが、退職金にも格差がある。厳しい事実である。団塊の世代は「逃げ切りの世代」といわれたが、私の退職金は勤続34年で900万円もなかった。宝刀どころかさびたボロ刀だった。先輩社員が「恥ずかしくて銀行にいえないよ」と嘆いたほどの額である。だれもが2000万円も3000万円ももらっているわけではない。

 当時の社長から、定年まであと何年というときに月給を下げられ、定年まではこの額で固定するといわれた。退職金を減額するための仕業としか思えず(どっちみち五十歩百歩だったのだが)、その旨文句をいうと、いまでも忘れられない一言をいわれた。「君は運が悪い」。ぐう。しかしその社長でさえ、退職金は2200万円だったと聞いた。それも1回で払えずに、10年分割にしたが、社業の不成績により、結局残りの半分くらいは払われなかったのではないかと思う。

 もういまさらその社長も会社も恨んではいない。その会社を選び、居続けたのは私が決めたことである。安月給で、金の使い方はけっこうザルだったが、それ以外ではいい会社だったと思っている。安月給で、金の使い方がザルで、どこがいい会社なのだと笑われる方もいるだろうが、そういうことはあるのである。

●退職金や年金の「平均額」を知っても意味がない

 厚生年金にしても、在職中の収入(標準報酬月額)によって、受取額に差がある。厚労省が2017年3月に発表した厚生年金の平均月額は、男で16万6120円、女は10万2131円である。私自身の年金の月額を発表しておこう。月額は13万5940円で(介護料を取られるようになって前より減った)、男平均からは月3万円も低い(ついでにいっておくと、夫婦合わせた年金額は2カ月で約43万900円、月に直すと約21万5000円である)。

 私の年金額は平均に比べて月3万円も低い、と書いたが、愚痴っているのではない。ただの事実である。お金の問題になると退職金にしても年金にしても、必ず世間の平均額が出てくる。あれは一体なんのための数字か。一応気になって見てしまうのは人情だが、その結果、私の退職金は平均額を圧倒的に下回り、年金でも平均に及ばない。だからといって、なにがどうなるわけでもない。世間の平均額など知ったところで、なんの役にも立たないのである。

 まさか、自分の退職金や年金が平均より上だと知ってほくそ笑んだり、下だと知って焦ったりする人はいないだろうが、もしそういう人がいるなら愚かなことである。世間に勝っているぞ、とか、世間に負けてるのか、と思ったところで、実情はビクともしないからである。それに上ならまだしも、下だと知って、お金がないうえに、気持ちまでが落ち込んだり、焦ったりしてしまっては、元も子もないのである。

 先の『図解 定年までに知らないとヤバイお金の話』によれば、厚労省のモデルケースは夫の年収が576万円として、夫婦の合計の年金月額は23万円となっている。しかし「国が示しているこのモデルの年金を超えられるのは少数派と考えられる」。つまり「年金だけで老後生活していく」のは「どう考えても不可能です」。いや、不可能かどうかを決めるのはあなた(岡崎さん)ではない。もしも他に収入がなければ、不可能であろうとなかろうと、年金でやっていくしかないのである(住居費さえなければ、なんとかいけるのではないか)。足りなければ働くか、なけなしの貯金を崩すかして補うしかない。

 年金は何歳からもらうか、という細かい問題もある。厚生年金の繰り上げ支給で、60歳からもらうと、65歳からもらう満額の70%しかもらえない。「76歳8カ月以上長生きすると65歳からもらった方が得になる」のは分かった上で、私はすぐ収入があったほうがいいのと、65歳以上生きられる自信がなかったから(健康に問題があったわけではない)、迷うことなく60歳からもらった。とっくに65歳は超えてしまったが、後悔はない。要するに損得ではない。

 わが町でも「豊かな老後のための年金セミナー」(「終活セミナー エンディングノート講座」などもある)というものが開かれているようだが、なにが「豊かな老後のため」だと思い、行かない。それなりに盛況なのだろうか。

●定年後いくら必要かを決めるのは結局、自分

 岡崎充輝氏は、定年までにやるべき具体的な対策として、(1)「定年までの目標貯蓄額を決める」、(2)「住宅ローンの繰り上げ返済」を考える、(3)「無駄な保険を見直す」の3つを挙げている。で、その「定年までの目標貯蓄額を決める」だが、これがめんどうくさい。同書で示されている「定年後の収支シミュレーション表例」によると、2017年から2042年まで(60歳から85歳まで)、収入明細と支出明細の数字がびっしり書き込まれている。

 で、その最終的な差額が「定年までに用意する額」となるのだが、こんな面倒くさくてばかばかしいことを真剣にやる人がいるのだろうか。

 計算機片手に夫婦で必死になって計算し、表づくりをした挙句、「現実問題、どう計算しても『こんな金額準備できない』という場合は、どうすればいいのでしょうか」なんて岡崎氏はいっている。そりゃそうなるよ。とどのつまり、「支出を減らすというのが現実的な方法である」。最初からそういってくれよ。もう、どうでもいいや、そのときはそのときだ、どうにかなるだろう、と思うしかないのである。

 無駄な保険も見直しなさいということだ。「人生における最大のリスクである『長生きリスク』への対策は、結局、無駄な支出を極力減らすことです。そのためなら、極端な話、保険なんかいりません」。これは力強いお言葉。資産運用については「結論として、あまりおススメできない」と、これまた良心的。町を歩くと、銀行の窓に「資産運用」の大きな紙が貼り出されている。お生憎様。私はそんなつもりもないし、そんな才覚もないが、そもそも運用すべき資産がない。

 結局、自分の定年後の生活は自分でコントロールすればいいだけのことである。自分のできる範囲で生活をすればいい。いくら必要かなど、計算しても意味はない。それに、これから生きるつもりの22年間分の生活費を計算しても、22年間が一度にやってくるわけではない。1日ずつやってくるのである。それに22年間(ただの平均寿命)が本当にやってくるのか、それよりも短いのか長いのか、も分からない。一応そこまで想定するのがまともな人間の考えではないか、といわれるかもしれないが、私はそうは思わない。直近5年くらいで十分である。

 必要なのは今日、今月、今年を生きていくことである。あれやこれやのただの平均でしかない情報を見て、心配しすぎたり、安心させてもらいたがるのは愚かである。年金だけでは生活できないといわれても、それしかないのなら、それで生活をするしかない。爪に火を点すような暮らし、というのがどんなものか私はまだ知らないが、それしかないのならやむを得ないことである。

(勢古浩爾)