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「ら抜き言葉」で抜けているのは「ら」じゃない? 予想外の真相が…「正しい日本語」論争への答え

2017/11/28(火) 7:00配信

withnews

 「見れる」「食べれる」といった「ら抜き言葉」。一部の人には評判があまりよろしくない使い方ですが、文化庁の2015年度「国語に関する世論調査」では、「ら抜き言葉」を使う人が、使わない人の割合を初めて上回りました。(朝日新聞デジタル編集部記者・石川達也)

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ツイッターで話題に

 最近、ら抜き言葉に関するツイートが話題になりました。11月3日に投稿された「島田教授の日本語史講座、面白すぎる! 『ら』抜き言葉で抜けてるのは『ら』じゃなかった!」。

 講義資料のパワーポイントのスクリーンを写した写真と一緒に投稿されたこのツイートは、3万3千件以上のリツイートを獲得しました。抜けているのは「ら」ではないというのはどういうことなのでしょうか?

 話題となった講義を担当したのは、二松学舎大学の島田泰子教授。ことばの歴史的な変遷を研究する「日本語史」という分野を専門にしています。

 この講義は、20人程度の小さな勉強会で行ったもの。ツイッターに写真をアップしたメンバーを含め参加者はみな顔見知りという非公開イベントだっただけに、ツイートへの大反響には島田教授も「予想外でびっくり」。

 ネット上では、誤った解釈を含むまとめ記事まで知らないうちに書かれているとのことで、真相について聞きました。

本人に話を聞きました

 島田教授によると、「ら抜き言葉」はその名のとおり、可能の助動詞「られる」の「ら」が抜けたと取られるのが一般的。しかし、抜けているのは「ら」ではなく「ar」だ、とする見方も成り立つのだそうです。

 「見られる→見れる」「食べられる→食べれる」の変化をローマ字で書いてみると

 「mirareru→mireru」「taberareru→tabereru」

 となります。こう書いたときに、途中にある「ar」が抜けていると見ることもできます。

 この「ar」抜き現象、「ら抜き言葉」に限らず、可能表現全般に起こっているというのです。

 「行く」「歩く」の可能形として使われている「行かれる」「歩かれる」。「用事があって行事に行かれない」「そんなに遠くまで歩かれない」など、特に上の世代や、かしこまったシチュエーションなどで使われています。

 この表現に対して、室町時代ごろから「行ける」「歩ける」といった可能動詞が生まれ、もともとあった「行かれる」「歩かれる」と併用されるようになりました。若い人には「行ける」「歩ける」の方がなじみ深いかもしれません。

 「行かれる→行ける」「歩かれる→歩ける」の変化をローマ字で書いてみると

 「ikareru→ikeru」「arukareru→arukeru」

 となり、「ar」が抜けていることがわかります。

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最終更新:2017/11/28(火) 7:00
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