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「平成」への思い 即位時の石原官房副長官、小渕優子衆院議員 述べる

2017/12/2(土) 6:01配信

上毛新聞

 天皇陛下の退位日が2019年4月30日に固まり、陛下の即位の際に官房副長官だった石原信雄さん(91)=伊勢崎市出身=と、官房長官として新元号「平成」を発表した故小渕恵三元首相の次女、小渕優子衆院議員(43)は陛下や平成への思いを述べた。

◎時代の完結 感無量

 1989年の天皇陛下の即位時、官房副長官として各種手続きや行事の調整に追われた。この時は即位の前提が昭和天皇の崩御であったから、即位に関するあらゆる事前の検討や準備は極秘で進める必要があり、非常に神経を使った。

 退位という今回の形式では議論をオープンにできるため、象徴天皇という存在について国民一人一人が深く考えるきっかけにもなっているのではないか。

 陛下ご自身が「お気持ち」で述べられた通り、新憲法の下で初めて即位され、象徴天皇の在り方を巡っては相当に模索されたと思う。

 最も印象深いのは、雲仙・普賢岳の噴火被災地の慰問。陛下は避難所となった体育館でひざまずき、一人一人にお言葉を掛けて励まされた。不安な日々を過ごしていた避難者は皆感動して涙を流していたし、随行していた私たちも胸が熱くなった。その後も全国の被災地を訪れ、国民に寄り添い続けられている。

 陛下の公務や公的行為への姿勢はまさに誠心誠意。高齢となった今も決して手を抜かずに取り組まれるため、心身への負担は相当なはずだ。昨年の政府有識者会議でも意見を述べたが、高齢を理由とした退位の是非は今後も議論を重ねていく必要がある。

 平成の幕開けを官邸で迎える機会に恵まれ、今回は退位の日程が固まった。平成という時代を完結まで見届けられるのは感無量だ。

◎平和への願い 引き継がれる

 父(故小渕恵三元首相)が官房長官時代に新元号として「平成」を発表した時、私は中学生だった。昭和天皇のご闘病が続いてほとんど帰宅できなかった父が、元号発表で急に有名人になったという印象が強い。

 天皇、皇后両陛下は災害のたびに被災地を訪問し、国民に寄り添う姿勢を示されてきた。ご高齢となった今も全身全霊で象徴天皇の在り方を模索し、務めていただいているのは本当にありがたい。

 「平成」とは「内平らかに外成る」「地平らかに天成る」という言葉から用いられたと聞いている。昭和には戦争があったから、平和への強い願いが込められたのだと思う。新たな時代を迎えても、平成の時代に築いてきた平和を重んじる価値観や取り組みはずっと引き継がれるはずだ。

最終更新:2017/12/2(土) 6:01
上毛新聞