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井上馨と出会いで大ジャンプ 筑豊の貝島から日本の貝島へ 貝島太助(中)

12/8(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

井上馨と出会いで大ジャンプ 筑豊の貝島から日本の貝島へ 貝島太助(中)

貝島炭鉱の大黒柱、大之浦抗 朝日新聞西部本社『石炭史話』より

 明治中期、石炭成金にのし上がった貝島太助は、事業が軌道にのってはどん底に沈み、浮沈を繰り返します。そんな貝島の大きな転機となったのは井上馨との出会いでした。井上は貝島の事業や財力だけではなく、その人柄を高く評価したといいます。筑豊の貝島から日本の貝島へ。「石炭王」から「日本の産業王」への道程を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  井上馨との出会い 双方ともメリット享受できる関係に

  貝島太助が初めて井上馨と出会ったときの光景を経営評論家の内橋克人はこう描いている。

 「行く手の山あいに忽然と現れたのが、幻のような館である。井上は驚愕(きょうがく)し、いったい何者の住居かと、山荘の門をたたいてみた。折しも邸内では、太助の次男、栄三郎の結婚披露宴の真っ盛りだった。上機嫌の太助は井上を3階の大広間に迎え、大いに接待した」(『破天荒企業人列伝』)

 この時の会見で井上は貝島が尋常一様の投機師でないことを見抜いた。井上自身、相場ごとは大好きであったが、なによりも太助の人柄が純朴で飾り気がなく、温順謙譲の資質を備えている点が気に入った。計算高い井上のことだから、生来、太助がかけがえのない金づるに育つことも見透していたに違いない。 本文:2,317文字

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最終更新:12/12(火) 5:51
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