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【コラム】石川直宏、FC東京の“伝統”を示した現役最後の2日間…最後まで泥臭くひたむきに

2017/12/4(月) 13:19配信

SOCCER KING

 12月2日、東京・味の素スタジアムで行われた明治安田生命J1リーグ最終節FC東京対ガンバ大阪。背番号18を着ける36歳の大ベテラン・石川直宏が2015年7月19日のモンテディオ山形戦以来、2年5カ月ぶりの先発復帰を果たした。

「今週水曜日(11月29日)の紅白戦でスタメン組に入れてもらって、みんな驚いたと思う。でも僕がFC東京に来て最初の駒沢(陸上競技場)でのJリーグナビスコカップ(清水エスパルス戦)の時はゲームに飢えてて、周りの目は関係なかった。自分の力を示せばいいんだと。その時と同じ気持ちだったし、自分に何ができるかを示したいと考えて、堂々とピッチに立ちました」と本人は言う。

 立ち上がりから動きは軽快だった。25分には橋本拳人のスルーパスに反応。素早い飛び出しから相手の背後に抜けたが、惜しくもオフサイドの判定が下される。後半もピッチに立ち続け、56分には再び橋本の縦パスを巧みにキープし、髙萩洋次郎へ。これが最終的に室屋成に渡りシュート。得点にはならなかったが、石川らしい鋭さは健在だ。何度かマッチアップした元チームメイトの今野泰幸(G大阪)も「ケガで長期間、出ていなかった人とは思えない」と衝撃を受けていた。

 石川は想定をはるかに上回る57分間のプレーを披露。見る者に戦う姿勢を強く示したが、試合はスコアレスドロー。その結果もあって、満足しきれていない様子だった。

「もっと早く交代すると考えていたけど、『ナオ、行けるじゃん』と思ってもらえるようにしたかった。やっぱりピッチに立つといろんな欲が出てきますよね。シュートしたいし、勝ちたいし。そんな欲が自分の中にまだあったんだと気づいた。明日のJ3では今日打てなかったシュートを打ちたいです」と熱い思いを吐露し、味スタを後にした。

 一夜明けた駒沢。自身がFC東京デビューを果たした記念すべき場所で、彼は現役ラストを飾った。ピッチに立ったのは82分だった。後半アディショナルタイムを含めて10分余りと短かったが、精度の高いCKから若き長身FW原大智のヘディング弾をアシスト。それが決勝点となり、FC東京U-23はセレッソ大阪U-23を2-1で下した。長年の盟友・茂庭照幸とも競演し、本人も感無量だったに違いない。

「アシストで始まり、アシストで終わり、勝利で終われた。ホントに言うことないです」と彼は爽やかな笑みを浮かべていた。

 弱冠20歳の石川が横浜F・マリノスからレンタル移籍してきた頃、青赤軍団はJ1初昇格からまだ3年目。大熊清監督(現C大阪統括部長)から原博実監督(現Jリーグ副理事長)へと指揮官が変わり、J1上位を伺うチームへと飛躍しようとしていた頃だった。しかしながら、日本代表クラスの選手は皆無に等しく、2強と言われた鹿島アントラーズとジュビロ磐田とは、はるかに力の差があった。それでも彼らは「全員がさぼらずハードワークして勝利のために戦う」というタフなメンタリティを前面に押し出していた。J1初参戦だった2000年のJリーグ開幕・横浜FM戦で、中村俊輔(現ジュビロ磐田)に「部活サッカーに負けた」と言われた頃の反骨心を全員が胸に秘めていたのは間違いない。

「僕が来た頃のFC東京には最後まで諦めずに戦う姿勢が物凄くあった。『部活サッカー』と言われたものが、まさにこのチームの伝統だと思った」と石川もしみじみ言う。それは一足先に引退した佐藤由紀彦(現FC東京U-15むさしコーチ)らも口を揃えていること。FC東京のDNAをしっかりと自身に刻み込んで、石川はピッチに立ち続けた。

 あれから足掛け16年の月日が経過し、FC東京は04年、09年のナビスコ杯を2度の制覇を果たしたものの、11年には2度目のJ2での戦いを強いられるなど、停滞感が拭えない。今季も南アフリカW杯、ブラジルW杯に出場した大久保嘉人、同じくブラジルW杯に参戦した森重真人、日本サッカーの近未来を担うと言われる16歳の久保建英など日本有数のタレントを擁しながら、タイトルを獲るどころか、J1で13位に甘んじてしまった。G大阪戦後のセレモニーでは大金直樹社長がサポーターから2年連続のブーイングを浴びせられてしまった。そういう現状を誰よりも問題視し、危惧していたのが石川だ。

「(試合に出るに当たって)安間(貴義)監督からも『FC東京のイメージを伝えてくれ』と言われました。『FC東京らしさがなくなっている』といろんな人に言われてきたけど、今まで自分がそれを伝えきれなかったことを本当に申し訳なく感じている。再びピッチに立って、少しでもそういう姿勢を見せたかった」と彼はしみじみ語っていた。

 G大阪戦後に久保が「ナオさんのクラブ愛の強さを感じたし、サポーターにも愛されていると思いました」と神妙な面持ちでコメントしていたが、この2日間の奮闘によって、石川の歩んできた16年間の紆余曲折とFC東京の足跡が若い世代にも少なからず伝わったのではないだろうか。室屋は「自分たちが新しいFC東京を作っていかないといけない」と自戒を込めて話したが、そういう面々が石川の思いを引き継がなければ、チームの明るい未来は開けてこない。今こそ多くの選手たちがそのことを強く自覚すべきである。

 ユニフォームを脱ぐ石川は、彼らを後押しすべく、クラブに残る決意を固めた。「アンバサダー? いや、役職名はまだ決まってない。これから作ります」と本人は笑っていたが、FC東京を強化や営業、事業などさまざなか角度から見て、勝てるチームを作るための地道な活動をしていくつもりだという。

「クラブの方向性がハッキリ見えれば、ブーイングはないと思う。そういう姿が見えないと先はない。僕自身、チームを変えたい部分は持っているし、自らアクションを起こした時にどうなるかをしっかり見極めたい。自分にとって今は新たなチャンス。今は(選手として)全てを吐き出して空っぽなんで、また新しいものをインプットして、違った形でアウトプットできるように頑張っていきます」と彼は強い決意を口にした。

 この男がFC東京にもたらしたものは、とてつもなく大きい。ユニフォームを脱いでもその強い影響力を示し続け、首都・東京のチームを常勝軍団へと導いていくこと。それが石川直宏に課せられた次なる命題である。

文=元川悦子

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最終更新:2017/12/4(月) 19:04
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