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「無学と貧乏」は成功の妨げにならず 一代で富を築いた男 貝島太助(下)

2017/12/15(金) 15:40配信 有料

THE PAGE

 貧乏で無学だった貝島太助は、なぜ石炭王として成功できたのでしょうか? どん底にいた頃、貝島の自宅の床の間で井上馨が見た「一本の鶴はし」、成功後の飾り気のない邸宅と無骨な庭園などから、貝島の生き方の神髄を読み取ることができます。

 昭和初期の『全国長者鑑』で第5位と公表された貝島の成功の秘訣を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。
 
  絶望の淵にいる貝島の自宅で、井上馨が目にした床の間にあった「一本の鶴はし」


 辛辣な人物評論で知られる戸山銃声は『奇人正人』の中で炭坑王貝島太助について以下のように書いている。

 「九州で炭鉱の貝島といえば児童や走卒(走り使いするしもべ)みなこれを知るほどの一代の長者だが、その本尊の太助は頑丈で文盲な老爺である。30余年前までは夫婦共稼ぎで日夜石炭抗の中にもぐり込み、鶴はし一本でやっとその命を支えたものだ。それが運勢に乗ってくる時は妙なもので、わずかな資本で山を買ったのが当たり、それより、することなすこと意の如くに運び、ついに立派な坑主となり、拡張に拡張を重ねたが、勢いに乗じて拡張したため、資本に窮し、これを調達せんがため上京するも、むなしく帰郷の途につき……」

 愁然として帰途につくが、資金調達の目途は立たず海に身を投じることを考えるほどの悲嘆ぶりであった。「天下の雨敬」と称された若き雨宮敬次郎が生糸相場で大損して横浜港に身投げしようとした図と共通するものがある。それがひょんなことから三井の顧問格の井上馨伯を知るところとなり、それを機に大成への道をひた走る。 本文:2,199文字 この記事の続きをお読みいただくには、THE PAGE プラスの購入が必要です。

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最終更新:2017/12/20(水) 5:47
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