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暴落したボロ株集め、東武鉄道を再生、沿線に工場配置 根津嘉一郎(上)

2017/12/5(火) 11:40配信 有料

THE PAGE

(この記事は、2016年10月07日に月額有料サービスで配信した記事の再掲載です)
 実業家でもあり、政治家でもあった山梨県出身の初代根津嘉一郎(ねづかいちろう)が、「鉄道王」と呼ばれた所以は当時、不振に陥っていた鉄道会社の再建を行ったことにあります。その手法「ボロ株張り」とはどんなものだったのでしょうか? 勇猛果敢、堅忍不抜など数々の四文字熟語で形容される蛮勇、根津の投資家人生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

 
  鉄道事業で大成した「甲州財閥」

 山梨県は昔から数多くの冒険的事業家(投機師)を生んできた。若尾逸平、雨宮敬次郎、小野金六、小林一三、そして根津嘉一郎らは束ねて「甲州財閥」と称されるが、いずれも鉄道事業にからんで大成した人々。交通の便の悪い山梨という土地柄が彼等を鉄道事業に走らせたのかも知れない。エッセイストの鹿島茂はその著『破天荒に生きる』の中で、根津をこう評している。

 「欧米式のドライなビジネス感覚を持っていた日本人のひとりに『鉄道王』と呼ばれた初代根津嘉一郎がいる。あまたのボロ会社を安く買い取ってリストラを断行し、大もうけした」

 鹿島によると、甲州財閥の雄たる根津は、勇猛果敢、堅忍不抜、直情径行、猪突猛進、傲岸不遜、独立不羈(ふき)などの甲州財閥の特徴を示す四文字熟語すべてに当てはまる豪傑だったという。

 根津嘉一郎の生家は山梨市正徳寺で農業と商業を合わせ営み、油屋の屋号を持つ富豪であった。甲州で第2位の大地主で、所有地は200町歩に及んだ。嘉一郎が「おれは成り金ではない。もともと富裕だった」とうそぶくのはこのためである。 本文:2,341文字 写真:1枚

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最終更新:10/2(火) 16:34
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