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山中慎介、進化した神の左でネリに勝つ!再戦指令で「熱い気持ちに」/BOX

12/5(火) 15:00配信

サンケイスポーツ

 【直撃/ザ・ミュージアム】 神の左がよみがえる-。話題の人物の本音に迫る『直撃』の第1回に、プロボクシングの元WBC世界バンタム級王者、山中慎介(35)=帝拳=が登場。8月のプロ初黒星から11月に現役続行を表明するまでの思いを吐露した。8月15日に挑戦者の同級1位ルイス・ネリ(22)=メキシコ=に4回TKO負けを喫し、国内最多タイとなる13度目の防衛に失敗。ネリのドーピング問題もあり、来年3月にも実現する再戦に向けた課題も明かした。(取材構成・伊藤隆)

 --現役続行を決めた理由は

 「(ネリ戦で)KOされて、大の字で負けていたら引退していた。敗戦のショックが大き過ぎて、すぐに答えを出せなかった。(ネリの)ドーピングとか、(トレーナーの投入が早過ぎたと指摘された)タオルなどがあって、このままやめられないという思いが日ごとに大きくなった。やりきった感もなく負けを受け入れられなかった」

 --WBCから再戦指令が出たときは

 「もう一度戦いたかったので、熱い気持ちになれた。(ネリ戦は)いい状態に仕上げられたのに、あの内容は自分でも納得できない。実は練習再開にしても、10月からジムで動き始めて準備をしていた。このままでは終われないという気持ちが強くなっていたので、体は動かしていた」

 --改めて13度目の防衛戦での敗因は

 「何であんな結果になったのか、自分自身でもよく分からない。(試合を)止められる前の攻防で焦りが出て、意地になって足を止めて打ち合ってしまった。冷静さがあれば、ジャブを突いたり、サークリング(相手と一定の間隔を保ちながら動き回る技術)もできた。距離をとり、冷静に戦う自分のボクシングができなかったのが原因かもしれない」

 --冷静さを失った理由は

 「ダメージはなかったが、ちょこちょこパンチをもらった。慌てて力んでしまい、体が流れてしまった。見栄えが悪くなりセコンドを心配させた。そういう点では自分が悪かった」

 --V11戦(相手は当時の同級1位・モレノ)以降、モチベーションの維持に苦労したのでは

 「モレノ戦は反省も多かったけど、勝ったことでお客さんに喜んでもらえた。満足感もあった。その次の試合が格下の相手(カールソン、当時は同級6位)で、モチベーションを上げるのが難しくなっていたのは事実」

 --再戦への課題は

 「前回悪かった部分を直す。攻撃は悪いところがなかったので、それほど変える必要はない。(ネリが)前へ出てきたときに体が瞬間的に伸び上がり、その後は動けずパンチをもらった。攻撃後の動きをちゃんと考えていれば、しっかり足も動いたはず」

 --課題は防御面

 「(サウスポーのネリの)左はある程度、スリッピング・アウェー(相手のパンチが伸びる方向と同方向に顔を背けるようにして受け流す)で外せる。でも(ネリの)右からのパンチは(自分も)サウスポーなので体の構造上、顔を振っても外せない。今まで以上にガードをしっかり意識する」

 --攻撃面の修正点は

 「自分はワンツー主体。フック、アッパーを練習しても意味がない。ネリは攻めてくるスタイル。常に自分の距離(中間距離)で打てるわけではない。今は短い距離で打つ左ストレートを練習している。1、2発出せれば展開も変わる」

 --ほかには

 「今まで左を伸ばしきって最大限のパンチを打っていたが、相手との距離が短くなっても強く最大限の衝撃を与えたい。体の回転、下半身の使い方を意識して、短い距離で最大限の力を出せるように練習している」

 --再戦に向けて

 「試合を止められたときの気持ちを味わいたくないし、思い出したくもない。厳しい戦いは覚悟している。自分の気持ちを晴らすには勝つしかない。必ず勝ちます」

■山中 慎介(やまなか・しんすけ)

 1982(昭和57)年10月11日生まれ、35歳。滋賀・甲西町(現湖南市)出身。南京都高(現京都広学館高)3年で国体優勝。専大卒業後の2006年1月にプロデビュー。11年11月にWBC世界バンタム級王座を獲得し、今年3月に日本歴代単独2位となる12度目の防衛に成功。8月に防衛に成功すれば日本歴代最多の具志堅用高と並ぶ13度目の防衛戦に臨んだが、プロ初の敗戦を喫して失敗。プロ戦績は30戦27勝(19KO)1敗2分け。左ボクサーファイター。1メートル70。