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インド太平洋戦略は日本の勝利か 不気味に響くトランプ氏の「米国第一」

12/5(火) 10:21配信

産経新聞

 日米同盟にかつてなかった現象が生じている。とはいっても同盟が危機に陥っているわけではない。日本が提唱した戦略に米国が歩調を合わせているのだ。

 「光栄にも自由で開かれたインド太平洋に向けたわれわれの構想を共有できた」

 トランプ米大統領(71)は11月10日、訪問先のベトナム・ダナンで行った演説で、こう強調した。法の支配、個人の権利、航行・上空通過の自由の3原則も掲げた。「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、安倍晋三首相(63)が昨年8月にケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)で打ち出したものだ。

 外務省幹部はトランプ氏の11月のアジア歴訪について「今回の最大の成果は自由で開かれたインド太平洋だ。貿易を除けば日本が言っていることとほとんど同じ。そのまま乗っかっていることが分かる」と歓迎する。これは決して政府の手前みそとは言い切れない。野党・希望の党の長島昭久政調会長(55)も11月28日の衆院予算委員会で「国際秩序を、日本と米国で共同して立て直していこうという方向性を示したという意味で画期的だった」と評価した。

 冷戦が始まって以降、日米同盟のアジア戦略は米国が主導し、日本が追随する形で構築されてきた。ソ連に対する「封じ込め戦略」に基づく2国間同盟網「ハブ・アンド・スポークス」の形成はもちろんのこと、1970年代の対中接近、70年代後半から80年代のソ連海軍力強化をにらんだ海上交通路(シーレーン)防衛、冷戦後の米軍プレゼンスをアジア太平洋地域全体の安定の礎と位置づけた日米同盟再定義など、常に米国が主導権を握り続けてきた。

 これまでの間、日本が主体的な関与を試みなかったわけではない。

 冷戦時代初期の重光葵外相(当時)は1955年8月、ダレス国務長官(同)と会談し、日米同盟を西太平洋全域を防衛する枠組みに組み替えるよう提案した。冷戦後の日米同盟再定義は、ナイ国防次官補(同)が議論をリードしたことから「ナイ・イニシアチブ」と呼ばれるが、ナイ氏は日米両政府の共同作業であったことを強調するため、カウンターパートの秋山昌広防衛庁防衛局長(同)の名前をとって「アキヤマ=ナイ・イニシアチブ」と呼んだ。

 だが、ダレス氏は、西太平洋同盟の下でグアム防衛も可能とする重光氏の提案に「日本がそうできると考えていることはこれまで知らなかった」と冷たくあしらった。ナイ氏の日本に対する評価が多分に社交辞令を含んでいたことは、秋山氏自身が著書『日米の戦略対話が始まった』で「日本の政治システムのリーダーシップが問題である」というナイ氏の言葉を紹介していることが如実に表している。

 日米同盟の歴史を振り返るとき、トランプ氏が安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」を採用したことは、やはり異常事態といえる。少なくとも、安倍・トランプ時代の日米関係は、重光・ダレスの時代から遠く離れた地点にまで到達した。

 では、日米両政府が掲げる「自由で開かれたインド太平洋戦略」は日本の勝利なのだろうか。

 地域戦略を主導することで、日本はより大きな役割を担うことが求められる。それ自体は決して悪いことではない。

 安倍首相は11月14日、訪問先のマニラで行った記者会見で「自由で開かれたインド太平洋戦略」の具体策として、海上安全▽人道支援・災害救援▽国連平和維持活動(PKO)-の3分野で人材育成や物資供与に取り組む考えを表明した。3分野での貢献はいずれも日本がすでに取り組んできたものだ。日米両政府がオーストラリアやインドなど他の同盟国、友好国を巻き込んで地域秩序を形成することは、日本の戦略目標を達成するため欠かせない。

 さらに重要なのは、米国がインド太平洋地域に関与する意思を改めて示したことだ。トランプ氏は11月10日の演説で「われわれは長い長い間、インド太平洋地域における友であり、パートナーであり、同盟国であったし、これからもずっとそうあり続ける」と述べた。

 しかし、トランプ氏による「戦略相乗り」に全く不安がないわけではない。

 「この部屋にいる皆さん全てが自国第一でいてほしいし、同じように私はいつも米国を第一にする」

 トランプ氏は演説で、こうも述べている。いつもの「米国第一」を繰り返したに過ぎないといえばそれまでだが、米国のアジア戦略を語る場で言及したことを考慮に入れれば、米国による関与の在り方が変化することを含意したと解釈することもできる。

 トランプ政権が日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略」に追随する姿勢を示したことは、地域秩序を維持するための役割を日本など同盟国に押しつけることを意味する-。こうした不安を裏付けるのが、米国国際政治学会で近年勢いがある「オフショア・バランシング」論だ。

 オフショア・バランシングの定義は論者によって異なるが、あえて要約すれば、米国は西半球(南北アメリカ大陸)における地域覇権の維持を最重要課題と位置づける。その上で、アジアや欧州に地域覇権国が台頭することを防がなければならないが、その役割は地域の大国に任せ、米国は力を温存する。地域大国が覇権国を抑えきれなくなったときに初めて米国は介入する、というものだ。

 米シカゴ大のジョン・ミアシャイマー教授とハーバード大院のスティーブン・ウォルト教授は論文「オフショア・バランシングの論拠」で「米政府は、いかなる国も支配者とならないことに多大な利益を有する地域大国に責任を転嫁しなければならない」と説く。攻撃的な議論のスタイルで知られるテキサスA&M大のクリストファー・レイン教授も論文「オフショア・バランス再訪」で同様に「オフショア・バランシングとは責任の分担ではなく、責任を移行させる戦略だ」と語る。

 つまり、米国は沖合(オフショア)から地域の勢力均衡を保つ存在(バランサー)になるというわけだ。

 トランプ氏が「オフショア・バランサー」を志向している確証はない。むしろ、大統領就任後は日米同盟をはじめとする同盟の重要性を認識し、米軍強化に向けた予算措置にも意を砕いている。大統領選期間中に訴えた、同盟国による米軍駐留経費の百パーセント負担は完全に封印している。

 とはいえ、トランプ氏が大統領選で日本や韓国の核武装を容認し、「日韓が米国の面倒を見ないのなら、私たちに世界の軍人、警察官である余裕はない」と述べたことを忘れるのも賢明ではない。北朝鮮問題について「日本が北朝鮮に対して防衛力、攻撃力を持った方がいい。米国は引き金を引きたくない」と述べたこともある。トランプ氏が8~10月に東南アジア諸国の首脳と会談した際に「日本が北朝鮮のミサイルを撃墜するべきだった」と批判したとの情報もある。

 トランプ氏は11月6日の日米首脳共同記者会見で「日本が大量の防衛装備を買うことが好ましいと思うし、そうするべきだ」と語った。単に対日貿易赤字の解消を図ったのではなく、日本の安全保障上の役割強化を求めたとも読み取ることができる。

 日本の役割拡大を求める一方で、トランプ氏は中国に融和的とも取れる賛辞も惜しまない。11月の中国訪問について「丁重にもてなしてくれた習近平国家主席と実に生産的な会談を行い、すばらしい時間を過ごした」とも強調した。

 日米両政府は現在、8月の安全保障協議委員会(2プラス2)で合意した原則に基づき、日米同盟の「役割・任務・能力(RMC)」見直しを進めている。ある外務省幹部はこの作業について「最終的には日米の新たな作戦計画を練り上げる協議だ」と解説する。

 こうした協議を通じて日本の役割や能力を強化することは、安倍首相にとっても異論はないはずだ。安全保障関連法の成立や日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直しは、この目的に沿って行われた。ただし、米国が性急に負担軽減を求める形になれば、中国や北朝鮮に「米国は地域への関与から手を引きつつある」という誤ったメッセージを送りかねない。

 米国は2018年11月に中間選挙を控えており、トランプ氏がアジア戦略をめぐり、再び「米国第一」色を強める可能性は否定できない。米国が「自由で開かれたインド太平洋戦略」を採用したことは確かに日本外交の勝利ではある。しかし、トランプ氏がダナンでの演説で残した「いつも米国を最優先にする」という言葉は、勝利に酔いきれない響きを持つ。 (政治部 杉本康士)

最終更新:12/5(火) 10:21
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