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来季国内フル参戦 石川遼が語った想い

2017/12/6(水) 12:16配信

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)

小春日和の千葉県野田市。石川遼は5日、毎年この時期に開催しているプライベートゴルフコンペで、「来季は国内ツアーを中心に戦いたい」と宣言した。4日の「ジャパンゴルフツアー表彰式」(東京)でも、来春のウェブドットコムツアー参戦日程を見直す考えをもらしていたが、この日はより丁寧にその想いを言葉にした。

【写真】16歳の誕生日を迎えた石川遼

2013年から5年間戦ってきた米ツアーで、来季のシードを失った。「それまで人のことをうらやましいと思ったことがなかったけど、アメリカにいた5年間はそういう経験がすごく多かった」と振り返る。それも、自分が持っていない技術を取り入れるどん欲さとは違い、「指をくわえて見ているだけの感覚」が多かったという。具体例を1つ挙げれば、外国人選手による1Wショットの圧倒的な飛距離と精度。

「自分が他の選手と同じFWキープ率でプレーするには3Wで刻むしかなかったり、良い意味でもあるけど、(曲がりにくい)低い球がうまく打てるようになったりした(苦笑)。だけど、そうすると距離が残ってなかなかチャンスにつかなくて、1個のバーディが貴重になり過ぎて、それを守るゴルフになってボギーが出て、いつも予選カットのあたりでやっていた。それがちょっとずつ増えていって、結果に一喜一憂するゴルフになっていた」。受け入れざるを得ない事実だった。では、それをどう克服していくか。この冬、石川は練習場で球を打ちながら、「なんかモヤモヤしていた」という。

プロ転向した2008年。シーズン序盤に4連続、秋口にも3連続で予選落ちを喫している。だが、10月の「日本オープン」で2位に入り、2週後の「マイナビABCチャンピオンシップ」でプロ初優勝。「あのときは、とにかく1Wだけ練習していて、本当に自分を信じてやっていた。そういう気持ちでしょうね。アメリカでは、周りに染まろうとしていた。周りが99%正しくて、自分がその1%でも、その1%を信じてやるのが自分なのに。自分だけ違う練習を続けて、これでいいんだと思えなかった」。自分を取り戻す最適な場所を考えると、やはり母国・日本だと思い至った。

心を決めたのは数日前。「きのうの表彰式のときは、(取材対応で)自分もモゴモゴしちゃって、ちょっとニュアンスが伝わらなくて申し訳なかったけど…」と、謝罪した。だが、その気持ちも理解はできる。自分のやるべきことに取り組んでも、5戦連続予選落ちとなれば、その結果が大々的に報道される。米ツアーから日本ツアーに戻るとなれば、“出戻り”的なネガティブさが伴うことも想像に難くない。

「プロになって1年目の『マイナビ-』で優勝したけど、10年たった今年は予選落ち。10年間で5戦連続予選落ちしたことはなかったけど、それが今年起きました。結果だけ見ると、この10年で下手になっているんじゃないかって思われるかもしれないけど、僕はそうじゃないと思っている。アメリカで1打のカットライン上でやれたがゆえに、我慢のパーを重ねることもできるようになってきているし、今までできなかったことができるようにもなっている」。

だから、一緒に強調したかったことがある。「ここから、いままで自分が足を踏み入れたことのない高い次元に行ってやろうっていう気持ちが強い。次の5年で自分としてはもう一度アメリカで通用する力を身につけたい。そのときPGAツアーに戻るなら、(松山)英樹のように勝つか負けるかという、そういう力をつけて戻りたい」。

まだ26歳。さらなる高みを夢みて、日本ツアーを主戦場とする。「自分ということを大切にしたい。最近は、武道とか仏教にも興味が出てきた。自分は日本人の標準的な体型でもある」という日本人らしさを武器として。(千葉県野田市/今岡涼太)