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正論大賞・喜びの言葉 新保祐司氏「言論人としての出発は産経新聞への寄稿」

12/6(水) 10:49配信

産経新聞

 この度、正論大賞を受賞するという光栄に浴し、これまでお世話になった多くの方々に対する筆舌に尽くし難い感謝の気持ちで一杯です。

 思い返せば、戦後60年にあたる平成17年8月16日の産経新聞紙上に「敗れざる魂、民族蘇生の鍵」と題した一文を寄稿したのが、言論人としての出発でした。

 リレーエッセイ「私の中の60年-さらば戦後」の番外として掲載されたもので、「海ゆかば」の作曲家・信時潔について触れつつ戦後の日本人の精神の在り方を問題にしたものです。これは、内村鑑三の「デンマルク国の話」にある「戦に敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民であります」という言葉を引いて、「戦に敗れ」た戦後の日本人は「精神に」おいても敗れつづけたのではないか、それは「海ゆかば」を「封印」してきたことに象徴的に表れているのではないか、と問うたものでした。

 それから10年余り、私の出来る分野で、例えば音楽を素材として「民族蘇生」に貢献するための言論を執筆して来ました。日本人が「戦に敗れて精神に敗れない民」に蘇生していくためには「敗れざる魂」が重要であり、戦前と戦後の断絶を乗り越えて真の日本人の精神を復活させることが必要だと思うからです。

 北原白秋作詩、信時潔作曲の交声曲「海道東征」の復活は、この曲の戦後長きにわたる「封印」が解かれたということであり、単なる音楽の問題に止まらず戦後精神史の問題であったのです。戦後70年にあたる平成27年の大阪での復活公演の成功をきっかけに、この「海道東征」の演奏会が東京をはじめ各地で開催されていることは、私の生涯における深い喜びとして心に残り続けると思います。

 この名曲の復活は日本人のアイデンティティとは何か、という問題につながるものであり、日本人が一国一文明の宿命にある日本文明を、栄光ある文明としてこれからも引き継いでいく「意志」を表したということではないでしょうか。

 折に触れて「正論」欄に執筆させて頂くことは、私にとって高い精神的緊張を持って日々、時代の中で生活することです。というのは、「正論」欄は、時代のただ中に生きながら、歴史と伝統という精神的次元のものとも相渉ることから創造される文章が求められていると考えているからです。この受賞を励みに使命としての言論に一層精進して参りたいと心を新たにしています。

 〈しんぽ・ゆうじ〉昭和28年、仙台市生まれ。都留文科大学教授。東京大学文学部仏文科卒業後、出光興産に入社、郡山、仙台、京都、東京で勤務。平成2年に、近代日本の矛盾と葛藤を体現した内村鑑三を批評した「内村鑑三」を上梓(じょうし)。8年に退職後、本格的な執筆活動に入り、同年に都留文科大学助教授に就任、10年から教授、国文学科長や副学長を歴任。日本思想史学会に所属、神奈川近代文学館理事や鎌倉ペンクラブ副会長も務める。音楽という導入部から思想や歴史への考察を織り交ぜる独特な手法を確立し、第8回正論新風賞を受賞。その後、北原白秋作詩・信時潔作曲の交声曲「海道東征」の復活公演にも尽力する。著作には、「島木健作 義に飢ゑ渇く者」「文藝評論」「批評の測鉛」「日本思想史骨」「正統の垂直線 透谷・鑑三・近代」「批評の時」「国のさゝやき」「信時潔」「鈴二つ」「フリードリヒ 崇高のアリア」「異形の明治」「シベリウスと宣長」「ハリネズミの耳 音楽随想」「明治頌歌(しょうか) 言葉による交響曲」「『海道東征』への道」、編著に「『海ゆかば』の昭和」など。

最終更新:12/6(水) 10:49
産経新聞