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村田新八、喜界島に貢献 西郷顕彰会の塩満さん講演 鹿児島県喜界町

2017/12/6(水) 13:00配信

南海日日新聞

 NHK大河ドラマ「西郷どん」の来年1月放送開始に向け、喜界町は2日、町役場コミュニティーホールで講演会を開いた。西郷南洲顕彰会の専門委員で、県維新史料編さん委員の塩満郁夫さんが「村田新八の流刑地喜界島での生活」と題し講演。町民約60人が聴講し、西郷隆盛の側近、村田新八の喜界島での生活と功績などを学んだ。

 村田は幕末の薩摩藩士。西郷隆盛を尊敬し、西郷の信頼も得た。1862年、寺田屋騒動を扇動したとして、西郷隆盛と共に島津久光から疑われ、喜界島へ流された。喜界島では1年8カ月暮らした。西郷が赦免になり、沖永良部島から上鹿する際、喜界に立ち寄って村田を連れ帰った。

 明治新政府で、西郷に推挙されて宮内大丞に任命。岩倉具視使節団の一員として欧米を視察して帰国後に辞職し、帰鹿した西郷に従った。西南戦争で薩軍大隊長を務め、西郷の最期を見届けた後、政府軍に突撃し戦死したとされる。

 講演で、塩満さんは、村田が山川港から喜界島に到着するまでの航海の様子を記した「宇留満乃日記」や、喜界島から鹿児島の兄に宛てた手紙を読み解きながら、喜界島でどのように過ごしたのかを説明。島では干ばつでサツマイモが植えられず飢饉になりそうになったこと、教師が少なかった島で子どもたちに読み書きや剣術などを教えていたことを紹介した。

 聴講した武田秀伸さん(61)は「村田新八が喜界島の子どもたちにあらゆることを教えていたことがよく分かり、興味深かった」と話していた。

奄美の南海日日新聞

最終更新:2017/12/6(水) 13:00
南海日日新聞