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退位と憲法改正の微妙な関係

12/6(水) 14:00配信

ニュースソクラ

2019年4月末退位、同年夏とみられる改憲国民投票は間近

 あれほど世間を騒がせた天皇陛下の生前退位をめぐる論議が、決着した。12月1日に開かれた皇室会議で、天皇陛下の退位が2019年4月30日と決まったからだ。退位日程をめぐってはできるだけ遅くしたい宮内庁側と、退位に区切りを付け憲法改正に論議を集中させたい政権側の暗闘が続いていた。スケジュールは窮屈になったが、今後、改憲に向けた論議が本格化することになる。

 安倍氏は、この日の会議が終わったあと、記者の取材に応じ、退位が2019年4月30日に「決定した」と明言した。これに伴い、翌日の5月1日に皇太子殿下が天皇に即位することが事実上決まった。 

 これまで退位の時期は二転三転してきた。

 天皇陛下は退位の意向をにじませた16年夏のおことばで、退位の時期に関連し「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には平成30(2018)年を迎えます」と言及していた。

 このため政府は改元日について「18年12月下旬退位、19年1月1日改元」と「19年3月末退位、4月1日改元」の2案の検討を始めた。

 しかし19年1月7日には昭和天皇逝去30年の式年祭があり、今上天皇は「この行事は自分で執り行いたい」と、大晦日退位、元旦改元に難色を示されたという。

 このため、退位は遅れることになった。19年に国民投票を行い、2020年に改憲を実現したい安倍政権は、皇太子の誕生日である2月23日をメドに退位、改元を行うことも検討したという。

 しかし、年度末で、役所仕事の節目となる3月31日退位を支持する声が強くなった。宮内庁が、この時期の皇位継承を強く求めたとされ、「退位による混乱を最小限にしたい」という天皇陛下のお気持ちも反映していただろう。

 そんな中、朝日新聞が10月20日、「3月31日退位、4月1日改元有力」をスクープし、各紙も追いかけて、既成事実化していった。政権内部からは、この報道に不快感を示す声が相次いだ。

 しかし、この時期には統一地方選がある。さらに繰り下げられ、退位が4月30日となった。改憲スケジュールはさらに窮屈になった。一部では、「朝日新聞の報道通りにはさせない」という政権内部の力が、日程変更の要因になったともみられている。

 いずれにせよ、この決定により、年度が切り替わって1カ月で、今度は元号が切り替わるという複雑なことになった。

 安倍晋三首相は、翌2020年の憲法改正を正式に表明している。このため、19年に行われる参院選に合わせて、憲法改正の国民投票を行う方針だ。

 安倍氏は、衆院選後の11月1日の記者会見で、憲法改正と国民投票の時期について聞かれ、こう答えている。

 「(改憲に向けた)スケジュールありきではありません。本年5月に私が述べた2020年という目標については議論を活性化するために述べたものであります」

 さらに「ですから今、質問されたように、19年の夏の参院選のときにあわせ(国民投票を実施す)るか、といった議論については、これは私がする考えはございません。まずはしっかりと憲法審査会について、各党が改正案を持ち寄って、建設的な議論をしていくことが大切であろうと思います」

 一応は否定しているものの、政界ではこの時期に国民投票を行うことが当然視されている。窮屈な日程ではあるが、20年からの改憲への道が開いたといえる。

 天皇陛下の退位は、現行の憲法には決まりがなく、憲法を改正するか、皇室に関連した皇室典範を改正するかが問題となった。一部では、今上天皇は、現在の平和憲法につよいこだわりを持っており、退位問題を世の中に投げかけることで、安倍氏が進める改憲論議にブレーキをかけたかった、とも指摘された。

 しかし、与野党での論議はほとんどなく、憲法には手を付けないまま、各党の話し合いを経て特例法での対応となった。

 安倍氏はこれまで、皇室の伝統を変える制度にことごとく反対を表明していた。

 例えば『月刊文藝春秋』の2011年2月号に、安倍氏自身が寄稿している。

 当時は野田佳彦首相が率いる民主党政権で、自民党は野党だった。

 野田政権は「女性宮家の創設」を検討していた。

 皇室には2006年に、秋篠宮悠仁さまがお生まれになり、約41年ぶりの男性皇族として大きな話題となった。しかし、その悠仁さまに男児が生まれなければ、いよいよ皇位継承者がいなくなる。

 皇室典範では、女性の皇族は天皇・皇族以外の人と結婚した場合、皇籍を離脱しなければならない。平たく言うと、「民間人」になるのだ。

 こうした場合でもそれぞれ宮家を創設できるようにし、皇位継承者(この場合、継承者が男子であっても女系天皇と呼ばれる)を増やそうというのが「女性宮家」の狙いだった。皇室もこの論議に期待を寄せていたという。

 ところが安倍氏は、この文藝春秋への寄稿で、「女性宮家を認めることは、これまで225代続いてきた皇位継承の伝統を根底から覆しかねない」と真っ向から否定している。

 「皇位は全て『男系』によって継承されてきた」からであり、女性宮家から生まれた子供に皇位継承権を認めたら、それは『女系』となり、これまでの天皇制の歴史とは全く異なってしまう」と主張した。

 さらに安倍氏は、自分の著書でも「国会国民の安寧を祈り、五穀豊穣を祈る」のが、天皇陛下の姿であり「そうした天皇の、日本国の象徴としての性格は、今も基本的に変わっていない」(『新しい国へ』、文春新書)と断言している。これは、時代が変わっても天皇制の伝統には手を付けてはいけないという、「超保守」の考え方だ。

 本来なら、これまで200年間なかった退位さえも認めたくなかったのではないだろうか。しかし、最短距離での改憲に向けて、4月末退位、5月1日改元に何とか持ち込んだのだろう。

 今後、憲法改正論議が本格化していくが、天皇陛下は静かに見守っていかれるのだろうか。

■五味洋治 ジャーナリスト
1958年7月26日生まれ。長野県茅野市出身。実家は、標高700メートルの場所にある。現在は埼玉県さいたま市在住。早大卒業後、新聞社から韓国と中国に派遣され、万年情報不足の北朝鮮情勢の取材にのめりこんだ。2012年には、北朝鮮の故金正日総書記の長男正男氏とのインタビューやメールをまとめて本にした。最近は、中国、台湾、香港と関心を広げ、現地にたびたび足を運んでいる。

最終更新:12/6(水) 14:00
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