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女人禁制の相場界にのめり込んだ女優・川上貞奴と小説家・樋口一葉

12/7(木) 13:21配信 有料

THE PAGE

女人禁制の相場界にのめり込んだ女優・川上貞奴と小説家・樋口一葉

川上貞奴(左、集英社発行『マダム貞奴』より)と樋口一葉(右)

(この記事は、2017年01月20日に月額有料サービスで配信した記事の再掲載です)
 相場ごとは女人禁制と思われていた明治期に、わずかですが存在していた女性投資家としてよく知られるのは、富貴楼お倉、そして女優の川上貞奴(さだやっこ)です。両名とも、当時投資家として名を馳せていた男性の影響で相場の世界に足を踏み入れたのが始まりです。彼女たちは自身でも取引をする一方、早耳情報や鋭い相場感を男性相場師の片腕となっていたとも語られています。

 また、『たけくらべ』の著者である小説家、樋口一葉もまた女性投資家の先駆けの一人で、彼女もまた男性から相場の醍醐味を聞かされてのめり込んだと言われています。明治期に相場に目覚めた貞奴と一葉の投資人生を市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  福沢桃介のよきパートナーで女性企業家の先駆け、元女優・川上貞奴

  富貴楼お倉についでよく知られる女性投資家は川上貞奴。財界の奇傑と称された福沢桃介のよきパートナーである。福沢はあっちこっちの会社の発起人を務めていたから、貞奴は福沢を通じて額面で株式を入手できる立場にあった。だから貞奴の投資は百発百中の高い的中率を誇ったという。松永定一の『北浜盛衰記』にはこう記されている。

 「伊藤博文寵愛時代から打ち出の小槌を持つ特異の女性と噂された人物だが、いずれにしても証券投資では大きくもうけた。福桃時代には、名古屋市東区二番町のいわゆる『二葉御殿』に住んでいたがその密室には桧の棚をつくり、銘柄別に株券を山と積んでいたという」

 福沢桃介の肝入りで派手な引退興行をやったあと、貞奴は事業を始める。当時の新聞は「貞奴の早変わり」と題し、「芸者から女優に、女優から大会社社長に、だれしもが煙に巻かれるに違いない。この摩訶不思議の怪異の主は川上貞奴である」と報じた。

 当時は欧州大戦景気の最中であり、成り金が続出し、起業熱が日本列島にまん延していた。資本金300万円を投じ、川上絹布株式会社を設立、社長が川上貞、専務が養子の川上広三、相談役が福沢桃介という陣立てである。女子工員を50人ほど使い絹織物の生産に取り掛かる。ちょうどそのころ帝人や東レで人絹糸の生産が始まったばかりで、貞奴の織物の生産は先見性を物語る。貞奴によると、「私は今まで絹ずくめで暮らしてきましたから、今後は人のために絹物を製造したいと思います」と。 本文:2,452文字

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最終更新:12/11(月) 5:55
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