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常若の思想…校名消滅の伏見工と泣き虫先生

12/7(木) 10:10配信

スポニチアネックス

 【鈴木誠治の我田引用】12月2日に全国高校ラグビー大会の組み合わせが決定した。第97回を迎える伝統の大会だが、一方で、一つの伝統校の名が消えた。11月12日の京都大会決勝で、伏見工・京都工学院が京都成章に14―22で敗れた。学校の統廃合により、全国制覇4度の名門「伏見工」の校名で戦う最後のシーズンが終わり、深紅のジャージーがピッチを去った。

 少子化に伴い、昨年4月に洛陽工と伏見工が統合し、京都工学院の新校名になった。「伏見工」の生徒は現3年生が最後で、来年度からはチーム名から伏見工が消える。ひたむきなチームカラーに加えて、テレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなったこともあり、全国的に知名度があった名門の歴史は、区切りを迎えた。

 伏見工の歴史の基礎をつくったのが、「泣き虫先生」と呼ばれた山口良治総監督だ。元日本代表の名選手から指導者に転身し、情熱的な指導で弱小チームを全国制覇に導いた。初優勝が1980年。92年の2度目の全国制覇の際に、全国大会を取材し、当時は監督だった山口氏に話をうかがう機会があった。

 この大会の2年半前、山口氏は脳腫瘍の疑いで開頭手術を受けた。成功の可能性は1%。「覚悟してください」と言われた手術の結果、脳に腫瘍はなく、膿みがたまる脳膿瘍だったことが判明し、見事に生還した。これをきっかけに、初優勝以来、教育者と全国制覇を目指す監督とのはざまで指導が揺れ続けていた山口氏の気持ちは、吹っ切れたと言う。

 「わたしを慕ってくれる子どもがいる限り、また感動を求めたい」。指導者をやめようとまで思い詰めていた気持ちは、晴れやかになった。「花園は、感動を伝える所なんです。子どものような選手と抱き合って、涙を流せる所なんですよ」。2度目の優勝に、山口氏は大粒の涙を流した。

 伊勢の深い森の中に、世界で一番古く、新しいものが存在する

 伊勢神宮の禰宜(ねぎ)である河合真如氏が書いた「伊勢神宮の智恵」で、米国の建築家、アントニン・レイモンド氏の言葉として紹介されている言葉だ。木造の神宮を20年ごとに新しくする「式年遷宮」には、「常若(とこわか)の思想」が宿っている。大理石は風化するが、常若の神宮は滅びとは無縁のまま、1200年も繰り返しの美学を貫いてきた。

 山口氏とその子どもたちが築いた校名が消えるのは、寂しい。だが、泣き虫先生の涙と、花園への思いが培ってきた伝統は、ぜひ、受け継がれていってほしいと思う。

 形こそ消ゆれ命は野に山に

 伊勢神宮に奉職しながら絵を描いた画家、磯部百鱗氏の句も、同書の中で紹介されている。まもなく第100回を迎える「花園」の伝統あるピッチに、今大会も、新たな汗と涙と笑顔の記憶が、染みこんでいく。

 ◆鈴木 誠治(すずき・せいじ)1966年、浜松市生まれ。92年の大会直前、奈良の宿舎を訪ねて山口氏の取材をした。手術を思い出し、大粒の涙を流しながら話してくれた。決勝の試合終了直後、「おーい、おまえら、すごいぞ~!」とスタンドで叫んでいた山口氏の姿が忘れられない。