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そして、行き先のないマネーはビットコインに流れる

2017/12/7(木) 18:03配信

ニュースソクラ

否定しがたいビットコインの上昇

 日本のインフレは弱いままである。消費者物価指数(CPI)は8月、9月と2カ月連続で前年比+0.7%と、消費税率引き上げの影響が一巡した2015年4月以降、最も高い伸びに加速。ただ内訳をみると、エネルギーによる押し上げ効果(寄与度)が+0.5%、生鮮食品を除く食料の寄与度が+0.2%と、この2つで伸びのほとんどが説明できる。

 これらは原油価格の上昇を背景とした公共料金の引き上げと、酒の安売り規制を強化する改正酒税法の施行による酒類の上昇によるところが大きく、内生的に物価上昇圧力が高まっているとは言い難い。現に、食料とエネルギーを除くCPIは、今年2月から7月まで前年比で小幅マイナスで、8月、9月はゼロ(横ばい)である。

 インフレが弱いのは米国でも同じである。CPIは10月に前年比+2.0%と前月から鈍化し、食料とエネルギーを除くCPI(コアCPI)は同+1.8%と7カ月連続の2%割れである。PCEデフレータは9月に前年比+1.6%とハリケーンの影響でエネルギー価格が上昇したにもかかわらず2%割れのまま。FRBがインフレ目標のターゲットとするコアPCEデフレータは同+1.3%と、2012年5月以降、2%割れのままで、年初(1月時点で前年比+1.9%)からみると鈍化している。

 FOMCでは、弱いインフレが長続きする可能性を指摘する声が増えているようだ。日本時間の昨日(11月23日)早朝に発表されたFOMC議事要旨(11月2日結果発表分)によると、FOMCスタッフは、来年のPCEデフレータが、コアPCEデフレータの「説明しがたい」鈍化により下方修正される可能性があると指摘。FOMC参加者の多くは、コアPCEデフレータが当初の予想よりも長く2%割れを続ける可能性があると認めている。

 議事要旨によると、11月FOMCではインフレが弱い理由について活発な議論がなされたようだ。参加者の多くは、足元のインフレ鈍化は一時的な要因によるもので、そうした要因が剥落すればインフレが加速し始めると指摘。しかし参加者の数名(several)は、(資本や労働といった)投入要素の活用度とインフレとの関係が弱くなっており、それゆえに労働需給がひっ迫してもインフレが高まらないとの考えを表明。2、3(a few)の参加者は、技術革新効果などで短期的な景気拡大効果が相殺されているとの意見を示している。この他にも、弱いインフレが続くことでインフレ期待が今後、低下する可能性や、すでにインフレ期待が低下している可能性も指摘され、金融政策や金融当局によるコミュニケーションが長期のインフレ期待を低下させているとの考えも示された。

 じつはインフレの弱さは、日米に限らず、世界の多くで観測される現象である。ドイツのCPI(EU基準)は今年2月に前年比+2.2%まで高まったが、その後は鈍化し、10月は+1.5%に鈍化。コアCPIは同+1.1%と年初から変わっていない。オーストラリアのCPIは第3四半期に前年比+1.8%と前期から鈍化。新興国では、ブラジルが前年比2%台後半(IPCA)、インドとインドネシアが同3%台後半と、過去の水準からみれば非常に低い水準にある。

 経済規模の大きな国々でインフレが弱くなっている背景の一つとして、財やサービスの供給が拡大する一方で、需要が高まらない(需給が緩んでいる)点があげられる。第二次世界大戦後の長きにわたる平和と経済発展の中で、人々の需要の中心は、衣食住から自動車や電子機器といった耐久財に移り、今ではITサービスへと広がりを見せている。ただITサービスは、食品、衣料、耐久財と比べると、生み出されるために必要とする財や、サービス提供時に必要な人手が少ない。このため、労働や原材料といった投入資源を以前のように増やさなくても、ITサービスの供給を増やすことは可能となる。これは少ない投入でより多くの産出が生み出されることを意味し、マクロ経済の視点で見れば生産性の向上といえる。

 しかし生産性の向上は、インフレを抑制する効果を持つ。金融緩和の効果に多大な期待を寄せる方の中には、金融緩和によって景気が拡大すれば、衣食住や耐久財といった従来型の財・サービスの需要も高まると考えるようだが、その考えは事実によって否定されつつある。たとえ給与が倍となったとしても、人々が消費する食物の量は倍にはならないし、普段住む住居も倍にはならない。給与が増えたことでコンビニやファーストフードではなく、高級レストランで食事をとる方が増え、より新しい家や、大きい絵に住み替える人が増えるかもしれない。しかし、そうした行為は付加価値の増加につながるものの、量的な面での需要増にはつながりにくい。こうした考え方は、付加価値をマクロ的に計測するGDPが増えているにもかかわらず、インフレが弱いという、ここ数年の現象と合致する。そもそも、単純なことだが、たとえ所得が倍になろうが10倍になろうが、我々の胃袋(食事の量)は、所得に応じて倍になったり10倍にならない。

 この結果、賃金が増加したとしても、賃金を受け取る方々の需要が、賃金と同じペースで増加することはない。賃金増加分の一部は、貯蓄や投資に回ると考えるべきで、貯蓄や投資に向けられる比率は賃金増加とともに大きくなる。また、付加価値の低い産業に従事する方々の賃金は、彼らが生み出す財やサービス(産出)の量的拡大が見込みにくい以上、大きく増えることはない。

 一般労働者の賃金が上がらない形で生産性が向上すると、得られた付加価値の多くは企業に蓄積され、家計全体が得られる所得の伸びは限定的なものとなり、家計の最終需要が大きく高まることもない。また生産性の向上により供給が拡大すれば、インフレは弱くなるが、中央銀行はインフレを基準に金融政策のあり方を決めてしまうため、景気拡大が続いても金融緩和を止めない。緩和によって供給されたマネーは、最終需要に変わることなく、貯蓄や投資という名の行為に費やされる。

 現在、FRBは金融政策を正常化する目的で緩やかなペースでの利上げを続けているが、前述したようにインフレは2%に近づく様子を見せない。すでにFOMC内でも議論されているが、このままインフレが長期にわたり弱い状態が続くとなれば、早ければ来年早々にも利上げを休止するとの選択肢が浮上するだろう。

 市場関係者の間では、日銀の黒田総裁が「リバーサル・レート」(金利を下げすぎると、利ざやの縮小を通じて金融仲介機能が阻害されるという考え方)について言及したことから、日銀内で金融緩和策の修正が検討されているとの見方が浮上しているようだ。しかし日銀は、2%インフレ目標を掲げたままで、黒田総裁は強力な金融緩和政策を継続すると明言。黒田総裁の念頭にあるのは、長期国債の保有額を「年80兆円程度」に増やすという「目途」を声明から削除することくらいであって、事実上の利上げや量的緩和政策(QE)の解除などはありえないだろう。

 仮に日銀が(事実上の)利上げやQEの解除に踏み切りたいのであれば、まずは2%インフレ目標を取り下げ、目標水準を1%などに下方修正するか、日銀の目標対象を現在のCPI(除く生鮮食品)から別のものに変え、2%に近づきやすくするように変更する必要がある。こうした目標変更がなければ、金融緩和策の修正は、日銀の目標放棄にしか映らない。

 今後、日米金利差の拡大でドル円が上昇(円安が進展)し、外生的にインフレが2%に達する可能性は否定できないものの、その場合は、物価上昇による実質賃金の低下で景気が悪化する恐れが強まる。日本のインフレは、どんなに早くても(日銀が目標達成時期とした)2019年度まで2%に近づくことはなく、おそらく2%に近づく時期はさらに後だろう。そんななか日銀が2%インフレ目標を掲げ続けるのであれば、金融緩和も続くことになる。

 米国が利上げを続けるとしても、インフレが弱い以上、そのペースは緩やかなものにならざるを得ず、場合によっては利上げ休止のリスクもある。また日銀は金融緩和を今後も続けるしかない。経済全体での需給の緩み、低インフレ、金融緩和の組み合わせが続くのであれば、行き場のないマネーが急速にしぼむこともなく、(むしろ)ジワジワと大きくなる。こうした行き場のないマネーは、株式市場への流入が続いているようで、米国株は過去最高値を連日更新。日経平均株価は11月9日に2万3382円と、1992年1月以来の高値を記録し、その後も2万2千円台を維持している。

 日米の株価よりも目立つ上昇を示しているのがビットコインだ。年初に10万円を下回っていたビットコイン価格は、5月に20万円を超え、8月には40万円超え。10月には60万円を超え、本日は一時95万円近くと100万円が視野に入った。

 行き場のないマネーは、以前なら株式市場や金地金、土地に流れ込むしかなかったが、最近では当局による課税や監視が強化され、マネーの流入を阻害している。こうしたなか、国境を意識することなく資金を迅速に移動することができ、行政上の手続きや当局による監視から回避することも可能なビットコインは、行き場のないマネーの受け皿として最適にみえる。

 ビットコイン価格が急落するとすれば、ブロックチェーンによる取引認証の安全性が崩れる時だろう。ただ、2009年に誕生したビットコインは、今までのところ取引認証でバグが生じた事実はない。これまで起きたハッキング被害は、ビットコイン交換所や取引所内で発生したもので、ビットコインそのものの安全性が脅かされたわけではない。

 金融界ではビットコインに対しては懐疑的・否定的な見方が多い。特に急ピッチな価格上昇については、17世紀初頭のチューリップバブルとの類似性を指摘する声もある。ただ、マクロ経済を見る限り、ビットコイン価格の上昇がまだまだ続くとみることを否定するのは難しい。

■村田 雅志(ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト)
東京工業大学工学修士、コロンビア大学MIA、政策研究大学院大学博士課程単位取得退学。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社にてアナリスト、エコノミスト業務に従事。2004年に株式会社GCIアセットマネジメントに移籍。2006年に株式会社GCIキャピタル・チーフエコノミスト。2010年10月よりブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト。2009年より2013年まで専修大学経済学研究科・客員教授。日経CNBCでは「夜エキスプレス」レギュラーコメンテーターを務めている。
著書に「景気予測から始める株式投資入門」、「実質ハイパーインフレが日本を襲う」、「ドル腐食時代の資産防衛」など。

最終更新:2017/12/7(木) 18:03
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