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独自の代表強化策によって東南アジア最高位へ ―「雑種犬」がアジアの大舞台に登場する日―

12/7(木) 23:00配信

SOCCER KING

フィリピンの進化が止まらない。東南アジアでも最下位グループの弱小だった国が、今や東南アジア最高位へと上り詰めた。 果たしてフィリピンが取り組んだ独自の代表強化策とは。そして次なる目標とは――。
文=本多辰成
写真=Getty images

■フィリピン代表の変貌

 近年、成長著しい東南アジアを代表する国と言えば真っ先に浮かぶのはタイだろう。だが、実は最新のFIFA(国際サッカー連盟)ランキング(2017年10月)で東南アジアの最上位にランクされているのはタイではない。タイを抑えてトップに君臨するのはフィリピン。どちらかと言えばバスケットボールや野球といったアメリカンスポーツのイメージが強いこの国も今、大きな進化を遂げようとしている。

 2010年代に入るまでのフィリピンは、東南アジアでも最下位グループの弱小国だった。今や東南アジア最高位(116位)となったFIFAランキングも2006年には195位まで落ち込んでいた。1996年から隔年をベースに開催されているAFFスズキカップ(東南アジア選手権)でも、第1回大会から4大会連続で全敗でのグループステージ敗退。2008年大会までは全くのアウトサイダーで、タイ、シンガポール、インドネシア、ベトナムといった上位国とは大きな実力差があった。

 転機となったのは2009年。今シーズンはAFCチャンピオンズリーグのプレーオフにも出場した強豪のグローバル・セブFCのオーナーであるダン・パラミ氏が代表チームのマネージャーに就任したのを機に、フィリピンならではとも言える強化策が動き出した。国民の約1割が海外で働いているという同国の特徴に目を付け、世界中に点在する「フィリピンの血を引く選手たち」を招集することでフィリピン代表を一気に生まれ変わらせようとしたのだ。

 強化はすぐに結果に表れた。2010年のAFFスズキカップで、フィリピンは史上初めてグループステージを突破してベスト4に進出。原動力となったのはイングランド生まれでチェルシーのユースで育ったジェームズとフィリップのヤングハズバンド兄弟だ。以降、サッカー先進国で育ったフィリピン系選手を発掘する動きは加速していき、2012年、2014年の同大会でも準決勝まで進んで3大会連続のベスト4入り。弱小だったフィリピン代表は一躍、東南アジアで上位の地位を確立し、思惑通りの変貌を遂げることに成功した。

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最終更新:12/7(木) 23:00
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