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海外でも活躍、“傘回し”海老一染之助さんが肺炎で死去 芸能界からは悲しみの声

12/8(金) 7:00配信

AbemaTIMES

 傘の上で枡や毬など様々なものを回す、伝統芸能・太神楽の“曲芸”で知られる海老一染之介さん(83)が6日、肺炎のため亡くなった。

 1945年、11歳の時に2歳年上の兄・染太郎さんとともに二代目・海老一海老蔵に入門した染之助さん。「お染ブラザーズ」の愛称で親しまれ、染太郎さんの「おめでとうございまーす!」の掛け声とともに染之助さんが芸を繰り出し、正月のテレビ番組には欠かせない存在となっていた。

 その活動は日本だけにとどまらず、1960年にソビエト公演、1965年にアメリカABCテレビに出演、1985年にはパプアニューギニアで現地住民に芸を披露するなど、世界で言葉を超えて活躍していた。

 入門から半世紀を越え、唯一無二の芸風を確立した2人だったが、2002年2月に兄・染太郎さんが胃がんのため死去(享年70)。当時染之助さんは「体はなくなっちゃっているけどいつでもそばにいるつもり。1人でやるということはありえないんですね。形は1人でも、いつでも2人でやっていこうと思っています。それが一番の供養だと思うんです」と話していた。

 その後は1人で芸能活動を続けてきたが、近年は体力が衰え数年前から仕事を事実上引退。ここ2、3年は体調がすぐれず入退院を繰り返していたという。1週間ほど前から肺炎をこじらせ入院し、6日午前、容態が急変し息を引き取った。

 突然の訃報に芸能界からは悲しみの声があがり、1960年代、染之助さんに枡や毬を渡す助手を務めていた落語家の林家木久扇(80)は「『おめでとーございまーす』で、お客様を晴れやかな気持ちにし、兄弟でひとつの時代を作った」と称え、タレントの西川きよし(71)は「染之助師匠には人様に対する心配りを学ばせていただきました」とコメントを発表。

 また、かつて落語協会に所属していた染之助さんと地方公演の寄席などで共演していた落語家の林家たい平(53)は「テレビと古典芸能を融合してくれて、着物を着ている人がこんなにも面白いんだということを広めてくれたのが、海老一染之助・染太郎師匠だった」と話した。
(AbemaTV/『けやきヒル’sNEWS』より)

最終更新:12/8(金) 7:00
AbemaTIMES