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『パリのすてきなおじさん』人生が醸し出す大人の「絵本」

2017/12/8(金) 10:31配信

HONZ

老いは避けられない。どうせ老いるなら若い人に「素敵なおじさん」と呼ばれたいものだ。おじさんが何歳からなのか、はっきりした定義はないだろうが、30歳からをおじさんと呼ぶのなら、私はおじさん歴9年になる。そろそろ、おじさんも板についてきた頃だろう。しかし未だに素敵なおじさんが、どんなものなのかトンとわからない。おじさんのサンプル集でもあればと思っていたら、出てきたのだ。私の思いに答える一冊が。いやー、世の中、いろんな物があるものだ。

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本書の著者でイラストレーターである金井真紀は、おじさんコレクターを自認するほどのおじさん好き。伊丹十三の「おじさんこそが両親が押し付けてくる価値観に風穴を開けてくれる存在だ」という趣旨の言葉を引用しつつこう語る

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私はとりわけ風穴を欲するタイプだったのだろう。「このおじさんの話をきいたらおもしろそう」という勘がよくはたらいた。経験を積めば積むほど、「選おじさん眼」は磨かれた。気づいたら私は無類のおじさんコレクターになっていた。
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おじさんコレクターって・・・・・・

一歩間違えば猟奇事件である。そんな著者がパリ在住のジャーナリスト、広岡裕児と鴨鍋をつつきながら語らっている際に「ひらめいたパリのおじさんを集めよう」と思い付き、実現したのが本書だ。

パリで見つけたおじさんたち、一人ひとりに数ページが割かれている。文章の他に金井真紀の味わい深いおじさんのイラストが添えられており、さながら大人の絵本を読むように、さらりと読むことができる。酸いも甘いも知り尽くしたおじさんたち。しかも、移民が多いパリのおじさんたちだ。人種も宗教もバラバラ。ただの絵本調の本で収まるはずがない。鼻孔の奥をくすぐる哀愁に満ちた香りが本書全体を包んでいるのである。

例えばイヴ・ロージン(黒人、50歳)は颯爽としたおしゃれおじさん。職業は画家。前職はピアニスト。なんとも華麗な職歴だ。画家になったのは4年前。きっかけはイヴさんが32才のときに、2歳下の妹が死んだことにある。睡眠薬を飲んで眠りに付いた妹は、就寝中に嘔吐し吐瀉物を詰まらせ亡くなった。「自殺」の二文字が頭をよぎるが、イヴさんは事故だと信じている。妹の死の翌週から絵を描き始めた彼は、食うためにピアノを弾き、悲しみを癒すために絵を描く日々を送ったという。次第に作品に値が付くようになり4年前に画家を本業にすることにした。

白と黒に強いこだわりがある。西洋では白と黒は、善と悪というような対立を意味するが、東洋では陰と陽という調和を意味すると語り、「とにかく調和が大事。対立からは何も生まれない」と語る。ピアノと絵も彼にとっては陰と陽のような関係だったのであろう。

ロベール・フランク(87歳)はポーランド系。彼は「隠された子供」であった。第二次世界大戦でドイツに降伏したスランスは、傀儡であるヴィシー政権の下でユダヤ人虐殺に加担する。これをフランスではショアという。本書によればフランス全土で8万人以上がショアで殺され、その中には1万1千人以上の子供が含まれている。ロベールさんはその生き残りだ。

両親はポーランド出身のユダヤ人。両親、ロベールさん、妹、弟の家族構成の中で、なぜか両親はロベールさんのみにフランス国籍を取得させた。そのことが家族とロベールさんの運命を大きく分ける。細かい話は本書に譲るが、当時、一家が収容されていた音楽ホールに警察官が押し寄せ、フランス国籍の子供たちを集め始めた。家族と引き離されたくないロベールさんは父にしがみつくのだが、警官に蹴り飛ばされ連れて行かれた。その後、各地を転々とさせられた後、パリ4区の寮に入れられる。しかし幸運にも、この寮の運営者がレジスタンスのメンバーでロベールさんをこっそりと逃がし、善意あるフランス人の家庭に引き取らせる。経緯は様々だが、多くの子供たちがこのような形で命を救われた。だから「隠された子供」なのだ。

戦後、家族を探したロベールさんだが、見つけることはできなかった。しかし、どこかで生きていて、ひょっこりと現れるのではないかと希望を持ち続けた。1977年に収容所送りになったユダヤ人の名簿が作成される。その中には当時2歳だった弟も含めて、ロベールさんの家族の名前があった。「それを見てね、うん、やっと。あきらめる気持ちになりました」

家族と引き離されるさいに父は「ユダヤ人であることを絶対に忘れるな!」と叫んだ。各地を転々としながら、ユダヤの祈りを口にした。信仰心と言うより家族との絆を求めて。しかし、ロベールさんは戦後、ユダヤ教を捨てたという。敬虔な父はしっかり働けば神様が助けてくれるといつも言っていた。しかし父は信仰ゆえに自らの意思で闘う事を放棄したのではないか。そんな思いから彼は神を捨てた。そして自分の手で運命と闘うと心に誓う。しかし「父を裏切ってしまった。その罪悪感がずっとありました」と言う。読んでいて不覚にも涙した。

重い話だけではない。軽いおじさんもいる。イケメンポルトガル人のバチスタさん(37歳)は女性を追いかけパリに来た。パリに来て20年だが、何事にも「早く、早く」とせかすパリには馴染めない。ポルトガルは皆ゆったりとしている。一生「早く、早く」といいながら生きるのは嫌だ。いつかはポルトガルに帰る。それを聞いた著者が「目下、パリに住み続ける理由は何?」と突っ込む。「理由は女性だよ」と言う答え。どうやら最初の人とは別の女性らしい。女性を追い故郷を離れ、郷愁の念を抱きつつ、女性のために帰れない。滑稽なようでどこか悲しい。それも人生だ。

競馬場で知り合ったのはアルジェリア人のムフーブさん(92歳)。元警官の彼は競馬好きが高じて馬主に。しかし、アルジェリア人であることを理由に馬主仲間からさんざん差別を受け、馬主でことをあきらめた。そんな彼は言う「人を好きにならなければいかん」と。彼の経歴を考えると、なんとも言葉に重みがある。

他にも紹介したい濃いキャラクターおじさんがてんこ盛りなのだが、ここまでにしておく。ほとんどのおじさんが、パリの街角で偶然に出会ったというから凄い。金井真紀の「選おじさん眼」恐るべし! と思わず叫びたくなる。それに加えフランス共和国の重厚な思想が、個性の強いおじさんたちに、生きる場所を与えているようにも思う。もっともあまり一般論化した話をしても意味がないであろう。

本書を最後まで読んで、すてきなおじさんとは何か? という問いの答えは出なかった。ただいえることは、どのおじさんたちも、人生の問題に向き合い、解決していく中で独自の哲学を生み出し、それに忠実に生きているということだ。その哲学が醸し出す独特な芳香がおじさんたちの魅力になっているのだ。本書について、ひとつだけ確かなことがある。それは、あなたが人生に迷い、ふと立ち止まった時に本書を開けば、個性豊かなおじさんたちが、前に進む勇気を与えてくれるということだ。

鰐部 祥平

最終更新:2017/12/8(金) 10:31
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