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“東大卒、日テレ社員“のエリート人生を捨て、落語が聞ける小料理屋の女将に。「世の中を面白くしたいじゃないですか」

2017/12/10(日) 11:00配信

ハフポスト日本版

東京・台東区に、ひっそり佇む小料理屋「やきもち」。37歳で日本テレビを退職し、たった1人でお店を開いた女将の中田志保さんがお客を出迎える。(南 麻理江/ハフポスト日本版)

30席のこじんまりとした和風の空間。奥には、小さなスペース。

煮物や焼き魚などの料理を楽しんでいる途中に、いきなりそこに噺家があらわれ、45分ほど落語を披露する。

2016年9月にオープン。ご飯を食べながら、目の前で落語のライブを楽しめ、さらに終わったあと噺家といっしょにお店でビールが飲めることも。北海道から来るお客さんもいるほどだ。

テレビ局の「35歳限界説」

中田さんは東京大学を卒業後、新卒で日テレに入り、長寿番組の『笑点』を担当した。

テレビの仕事は重労働。メイクもせず、撮影に使うガムテープをジーンズに入れたまま過ごしていると、街でおしゃれな格好の女性とすれ違う。

「そういう生活にあこがれるときもあったが、テレビを通して人に楽しんでもらう、という仕事が何より楽しかった」。

日テレの中には“35歳限界説“という言葉があるという。35歳までに、ディレクターなどとして名前が売れないと、その後は大きく花開かないという意味だ。

35歳を迎えた中田さんに会社が言い渡したのは異動だった。テレビ制作の現場を離れて、番組のタイムテーブルを作る部署に。日夜、CM料金を計算した。

「夜通し計算しまくって会社の利益が出ても、私には一銭も入ってこない。会社員って切ないなって」

「それでも今思うと、たとえ何もしてなくても、風邪を引いてお休みをもらっても、変わらず給料もらえるなんていい身分だったってことなんですけど」

37歳の決意「これを仕事に」

この頃、『笑点』の縁で、噺家を呼ぶイベントをプライベートで主催するようになっていた。

「元々人を楽しませる仕事がしたくてテレビをやっていたので、自分が作った場でお客様が楽しんでくれるのが嬉しくて。やっぱりコレだなぁって思っていました」

37歳のとき、日テレを辞める決意をした。

同僚は「思い切りがあっていいよな...」。退職日には、上司がオープンしたばかりのお店のカードを配って「みなさん、食べに行きましょう」と送り出してくれた。

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最終更新:2017/12/10(日) 22:49
ハフポスト日本版