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久保田早紀から久米小百合へ 大ヒット曲「異邦人」と歩んだ38年といま

2017/12/12(火) 18:34配信

THE PAGE

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 音楽によってイエス・キリストの福音を宣べ伝えるミュージック・ミッショナリー(音楽伝道者)として活動する久米小百合。かつて「異邦人」の大ヒットで知られるシンガーソングライター、久保田早紀の現在の名前(本名)だ。11月15日には8年ぶりのニューアルバムをリリース、今月23日には「一夜限りのクリスマスコンサート」(都内・ブルースアレイジャパン)出演を控える久米に、わずか5年ほどで芸能界を引退した理由と現在の音楽活動について聞いた。

当初は「白い朝」というタイトルだった「異邦人」

 「異邦人」の”久保田早紀”といえば、70年代ニューミュージックの伝説的存在だ。1958年、東京都国立市に生まれた久米は、13歳のとき八王子市に転居し、中学校の同級生で結成した「ガロ」のコピーバンドにキーボード奏者として参加、文化祭などで演奏を披露した。カヴァーだけでなく、久米がオリジナル曲も作ったという。

 「ある女の子が書いた詞に曲をつけたのが、シンガー・ソングライターっぽいことの始まりでした。それで、短大に入ってから、CBSソニー(現=ソニー・ミュージックエンターテインメント)さんに自作の曲を送ったのがデビューのきっかけになったんです」

 「異邦人」は、デビューを目指して八王子市にあった実家から、23区内の短大とCBSソニーに通う日々を送るなか、作られた。当初は「白い朝」という曲名だったそうだ。

 「ピアノとギターがあるのは実家なので、最終的には実家で完成させたのですが、中央線で学校まで通っていたので、電車の中でメロディーをメモったり歌詞をつくったりしていたんです」

 そして短大を卒業した1979年、デビューが決まる。デビュー曲の候補は「白い朝」「夢飛行」「25時」の3曲があり、タイアップについた三洋電機の意向もあり「白い朝」に決定。ゆったりした感じの曲だったが、当時流行したエーゲ海・地中海などの異国情緒を意識したアレンジが施され、「異邦人-シルクロードのテーマ-」として10月にリリース。CMのオンエアにともない売り上げを伸ばし、12月には人気の音楽番組「ザ・ベストテン」に初登場するや美貌も話題となって、ついに1位を獲得。翌年3月まで12週に渡り連続ベストテン入りとブレークした。芸能界に、新たなニューミュージックの女神が誕生するのは間違いないものと思われた。

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最終更新:2017/12/17(日) 5:57
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