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「普天間」で育った記者が、全国のママ、パパに伝えたいこと

2017/12/13(水) 6:04配信

琉球新報

沖縄県宜野湾市野嵩(のだけ)の緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落ちていた事故。米軍は部品がCH53のものであると認める一方、「普天間基地の航空機から飛行中に落下したものではない」としている。沖縄県は「うやむやでは県民も納得できないし、不安も払しょくできない」と米軍に対しさらなる事実解明を求めている。

園上空「飛ばないで」 父母会、嘆願書提出へ 米軍部品落下

米軍ヘリからの落下物かそうでないのか―。現段階で真相は分からないが、子どもたちが通う保育園の頭上をヘリが飛んでいるという日常と、これまで沖縄では墜落、落下など米軍機による事故が多発してきたことは事実だ。

私の実家と緑ヶ丘保育園は直線距離で約50メートルしか離れていない。徒歩2分。一番近い保育園だ。私には5歳の娘がいる。職場近くの保育園に入れるため那覇市に引っ越したが、そのまま実家で暮らしていれば、娘が緑ヶ丘保育園に通っていた可能性は高い。事故の一報を聞いたとき、涙があふれ、体が震えた。事故後の週末、保育園を訪ねた。

楽しく過ごすはずの保育園が…

事故から3日たった日曜午後。緑ヶ丘保育園には次々と保護者がやってきた。今回の事故について宜野湾市や沖縄県、防衛省などに嘆願書を出すことについて話しあうためだ。在園児の保護者だけでなく、卒園児の保護者、地域の人など約50人が集まった。「楽しく過ごすはずの保育園が命の危険と隣り合わせだった。基地がある限り、どこでも誰にでも起こりうること。子どもたちを守るために何ができるでしょうか」。最初にあいさつした父母会長(48)は語気を強めた。

「基地があるから危ないとは分かっていたけど…」

保護者たちが事故を知ったのは、保育園からのメール、父母会LINEだった。

Aさん(45)はメールを見てショックで震えた。子どもたちが全員無事であることはそのメールに記されていたが、夕方お迎えに行き、娘の顔を見た瞬間、ほっとして涙が出た。「今回無事だったからいいさ~じゃない。何か動き出さないと」

Aさん自身は基地に隣接する普天間第二小学校出身だ。
小学生の頃、基地内にヘリが墜落したことを覚えている。「普天間の危険性」は身近に感じていたはずだが、毎日爆音に接するうちに「慣れてしまっていた」という。

これまで抗議活動や何らかの運動に関わったことはない。「基地反対を強く思ったこともない。でも子どものために声を上げないと」。父母会の役員たちに声をかけ、何らかのアクションを起こすことを提案した。

「子どもを安心して育てるという『当たり前』ができていない環境なんです。沖縄の子どもたちの置かれた状況を全国の人に知ってほしい」

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最終更新:2017/12/13(水) 21:41
琉球新報