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平昌五輪直前!“ボウリング感覚でカーリングが楽しめる町“ 本橋選手らカーリング選手を続々輩出する北海道・常呂町って?

2017/12/18(月) 18:30配信

AbemaTIMES

(C)AbemaTV

 オホーツク海に面した人口4000人余りの小さな町・常呂町。これまでのカーリング女子・日本代表選手の半数以上がこの町の出身者で、オリンピックにも出場した“マリリン“こと本橋麻里選手の故郷でもある。本橋選手はここでカーリングチームの「ロコ・ソラーレ北見(LS北見)」を立ち上げた。チーム名の「ロコ」とは「常呂の子供・ところっ子」という意味も持っている。

 16日放送のAbemaTV『AbeamaPrime』では、タレントの黒田凛がこの常呂町を取材した。

 北見市立常呂小学校の卒業生や在校生の保護者には、オリンピック選手や元オリンピック選手がたくさんいるといい、11月から2月までの間、体育でカーリングの授業を行う。授業は中学校、高校でも行われ、選手らが教えてくれるという。街の洋菓子店にはストーンの形をした焼き菓子が並び、バスやタクシーにも選手やストーンのイラストが。

 常呂町でこんなにもカーリングが愛されるようになったのは、1980年、北海道とカナダのアルバータ州が姉妹都市となったのがきっかけだった。雪に閉ざされた冬、仕事の少ない農家や漁師の人々は、その面白さに夢中になった。
当初は高価な外国製の用具が手に入らず、ブラシは竹ぼうきで代用、ストーンはビールのミニ樽やプロパンガスのボンベを利用した手作りのものだった。

 1989年に北海道で行われた「はまなす国体」でカーリングがデモンストレーション競技に採用されることになる、会場提供にいち早く手を挙げたのが常呂町だった。この前年、天候に左右されない日本初の屋内型カーリング専用ホール「常呂町カーリングホール(現・アドヴィックス常呂カーリングホール)」が完成。

 それから10年後の1998年、長野オリンピックでカーリングは正式種目となった。現在カーリングホールに勤めている白畑容子さんは、このときの日本代表選手で日本選手権でも5連覇を達成した人物。なんと1時間2000円でカーリングを教えてくれるのだ。

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最終更新:2017/12/18(月) 18:30
AbemaTIMES