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ネスカフェで「ダバダ」と「違いがわかる男」が消えた理由

2017/12/26(火) 8:20配信

ITmedia ビジネスオンライン

 今年もあと数日で終わってしまうなか、「これをモヤモヤしたままでは年を越したくない!」という疑問がひとつやふたつはあるのではないか。

「ダバダ~」のCMはもう流れないのか

 かくいう筆者もひとつある。それは、「ダバダ」や「違いがわかる男」がいったいどこへ消えてしまったのかということだ。

 は? なにワケの分からんことを言ってんだとあきれる方も多いかもしれないが、「ダバダ」とは、「違いがわかる男」というコピーで知られる「ネスカフェ ゴールドブレンド」のダバダ~ダバダ~というCMソングである。

 同ブランドは、かれこれ30年以上もダバダCMを流してきた。その世界の第一線で活躍する文化人が出演し、ネスカフェ ゴールドブレンドを堪能するというもので、古くは狐狸庵先生こと作家の遠藤周作さんや、歌舞伎役者の中村吉右衛門さん、ファッションデザイナーの山本寛斎さん、2000年代に入ると、バレエダンサーの熊川哲也さん、演出家の宮本亜門さんなどが出演してきた。

 そんなブランドが今年50周年を迎えた。当然、このダバダCMが復刻したり、違いがわかる男というコピーをからめたキャンペーンをやったりするものと思っていた。

 ロングセラーブランドのアニバサリーイヤーというのは、レガシーを活用してPRする、という不文律があるからだ。

 例えば、今年25周年を迎えたサントリー食品インターナショナルの缶コーヒー「BOSS」は1993年のキャンペーンで用いた「初代ボスジャン」を復刻した。今年65周年を迎えた「チョコラBB」も、女優・高橋由美子さんがアイドルとして活動していた21年前の「本日、私、肌あれ休暇いただきます」という懐かCMにからめたPRイベントを行っている。というよりも当のネスカフェ ゴールドブレンドも、2008年に「40年目のリニューアル」を行った際には、遠藤周作さんのダバダCMのなかに俳優、唐沢寿明さんが登場するという共演CMを流している。

 しかし、50周年を迎えた17年、待てど暮らせど「ダバダ」のダの字もあらわれなかった。

●どうしてもインスタントコーヒーを想起してしまう

 違いがわかる男というフレーズとあの印象深いテーマはどこへ消えたのか。もしやカルビーのように作曲者やコピーの発案者とトラブルとかになってしまっているのではないか。

 そんな疑問を解消するため、製造販売元のネスレ日本に問い合わせたところ、年末の忙しい時期にもかかわらず、コーヒー事業を統括されている飲料事業本部レギュラーソリュブルコーヒービジネス部の島川基部長が経緯を説明してくれた。

 「我々がダバダや違いがわかる男を封印したのは、あれらの曲やフレーズを耳にしてしまうと、どうしてもインスタントコーヒーを想起してしまう方が多いからです」

 覚えている方も多いだろうが、ネスレ日本は13年に「脱インスタントコーヒー宣言」をして、日本インスタントコーヒー協会などの業界団体からも脱会した。

 原因は、ネスレが開発した新製法にある。これを「レギュラーソリュブルコーヒー」と新たに表記することに対して、業界団体が難色を示し、ネスレはこの新カテゴリーを訴求するため独自路線をとることとなったのだ。

 もはや我々のつくるものはインスタントコーヒーではない。この強いメッセージを打ち出すなかで、インスタントコーヒーの代名詞ともいうべきダバダや違いがわかる男は適当ではないと判断したのだ。

 ただ、レギュラーソリュブルコーヒーは、微細粉したコーヒー豆をネスカフェ独自の抽出液に包み込む製法で、開封後に酸化してしまうレギュラーコーヒーより、香りや味わいがある、という調査もあるそうだ。そんな上質なコーヒーならば、「インスタントではない」と断りをうったうえで、ダバダや違いがわかる男というレガシーを再活用する道もあったのではないか。

 「おっしゃるとおりですが、ダバダと違いがわかる男が生まれた時代と今では社会が大きく変わっています。また、我々はこの10年でブランドの若返りも行ってきました。なにかを変えるためには、どうしてもなにかを手放さなければいけません」(島川部長)

●コーヒーに対するニーズが多様化

 ネスカフェ ゴールドブレンドが生まれた67年の日本といえば、東京オリンピック後の高度経済成長期で、少しずつ日本人が豊かになっていく時代である。

 人口も右肩上がりで増え、みな今日より明日がよくなるものだと信じて脇目もふらず働き、「企業戦士」なんて言葉も生まれた。そういうイケイケドンドンの社会のなかで、それまで喫茶店で注文をするのが当たり前だったコーヒーを、家庭や職場でお湯をわかすだけで手軽に飲めるようにしたのが、日本初のフリーズドライ製法ネスカフェ ゴールドブレンドだった。

 だが、時代は変わる。各家庭にコーヒーメーカーが普及して、自宅で豆を挽き、レギュラーコーヒーを楽しむ人があらわれ、90年代に入ると、スターバックスに代表されるエスプレッソマシーンを用いたカフェが登場。豊かになったことで、コーヒーに対するニーズが一気に多様化したのである。

 そこへ拍車をかけたのが、少子高齢化だ。単身者や核家族が増えたことで、「個」の満足感が求められるようになり、「一家全員が朝食をとる際、トーストと一緒にコーヒーを飲む」というネスレが日本に持ち込んだ飲用習慣自体も大きく揺らぎ始める。

 島川部長が「我々のビジネスも厳しい時代があった」と振り返るように、「インスタントコーヒー冬の時代」だった。だが、そんな苦しい時期を経て、ネスカフェ ゴールドブレンドは大きな進化を遂げる。

 自分が飲みたいときに、飲みたいコーヒーが、ワンタッチでいれたてで飲めるという、個の多様なニーズに応える画期的なシステムを生み出したのだ。

 もうお分かりだろう、10年に登場して累計400万台以上の大ヒットとなった「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」だ。

 それまでの瓶に入ったネスカフェ ゴールドブレンドはどうしてもダバダCMを知るような高い年齢層に支持されてきたが、バリスタが出たことで20~30代の単身者やファミリーが急速に増えた。一気にブランドの若返りに成功したのだ。

●B2Bのビジネスモデルを導入

 成功したのはそれだけではない。これまでは製品を流通へ卸すメーカーに過ぎなかったのだが、製品とともにシステムを提供するモデルを確立することで、「ネスカフェアンバサダー」という直販に参入。さらに飲食店やオフィス、カーディーラーにコーヒーマシーンを設置して、事業のサポートなどを行うB2Bのビジネスモデルも取り入れたのだ。

 「このような進化ができたのは、日本人のコーヒーを飲む環境や、場所などが大きく変わってきた、という事実に気付くことができたからだと思っています。ダバダや違いがわかる男のおかげで今の我々がありますが、その一方であの時代とはまったく異なる新しいステージに入っている事実も認めなくてはいけません」(島川部長)

 これを聞いて素直に関心した。時代が変わって、過去の栄光とはどこかでサヨナラをしなくてはいけない、というのは誰もが頭では分かっているが、実行することは容易ではない。ましてや、大組織ならなおさらだ。

 どことは言わないが、なにかとつけて創業者の偉人伝を引っ張りだして、ドラマで放映する大企業があるように、「辛い時こそ原点にかえれ」「先人から受け継がれたホニャララを守り抜く」――そんなことをうたう組織も日本にはあふれている。

 伝統やブランドを守ることも大事だが、いつの間にやら、そちらが主たる目的となり、イノベーションを阻むことになる、という本末転倒なことになっている組織が多いのだ。

 このコラムで少し前に指摘したが、今のマクドナルドの好調さは、「クォーターパウンダー」という歴史のある基幹ブランドをスパッとやめたことが象徴されるように、過去の栄光とうまく決別し、時代と環境の変化に対応していることが大きい(参照リンク)。

 ネスレの場合も、グローバル的には「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献する」というパーパス(存在意義)があるだけで、ブランディングやマーケティングはローカルマーケットに一任されているという。そういう自由さがある組織だからこそ、ダバダや違いがわかる男という過去の栄光と“いい別れ方”ができたのではないか。

●過去の栄光と“いいお別れ”ができているのか

 そう感じるのは、コーヒー事業の責任者である島川部長がこんなことをおっしゃっていたからだ。

 「レギュラーソリュブルコーヒーはさまざまな一流の料理人の方たちに認めていただき、お店に採用していただいているのですが、そのなかで京都『菊乃井』の村田吉弘さんとお話をする機会がありました。あのような日本を代表する懐石料理のお店で、コーヒーを出すということにお客さまからもいろいろなご意見があったそうなんです。そのことに対して、村田さんは『伝統というものは革新の連続で生まれるんです』というようなことをおっしゃいました。これは『金言』だと思って今も胸に刻んでいます」(島川部長)

 昨年、従来の「バリスタ」の価格を据え置いたままで、IoT機能を付けた「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタi」が発売され、既に40万台が売れたという。このバリスタiはいろいろな意味で革新だった。

 例えば、専用アプリと連携すると、好みのコーヒーをカスタマイズできるだけではなく、遠く離れた家族や友人とコーヒータイムを共有できるのだが、これによってネスレは飲用習慣というユーザーデータの収集に成功した。

 これまでの飲料メーカーは製品が売れたデータを小売店経由や自身の通販で入手することしかできなかった。口に運ぶその瞬間のデータはアマゾンやグーグルであっても取得できない。飲料ビジネスに関わる者からすると宝の山なのだ。

 また、全国35万のオフィス、4000ロケーションにあるというコーヒーマシンが、今後このようなIoTでつながっていけば、全国どこでもバリスタを介して同じサービスを提供できるなど、さまざまな可能性が広がっている。

 ただ、そのようにさまざまな革新を仕掛けている島川部長の考え方はきわめて保守的だ。

 「私自身ITの専門家などではなく、1杯のコーヒーを売っている人間です。どんなにIoTが発達しても、1杯のコーヒーが人の心を豊かにできる、ということは決して変わりません。その1杯のコーヒーのために、時代に合ったサービスやプロダクトを提供していくだけです」(島川部長)

 1杯のコーヒーを楽しむ人のために伝統を守りたい。だからこそ古いものにとらわれず革新に突き進む。ネスカフェ ゴールドブレンドの進化のためには、ダバダや違いがわかる男という過去の栄光との別れは、必要なプロセスだったのかもしれない。

 みなさんの会社は過去の栄光と“いいお別れ”ができているだろうか。

(窪田順生)