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【アントニオ猪木と村松友視が明かす『アリと猪木のものがたり』〈5〉】力道山が苦しんだプロレスへの偏見と闘った猪木「力道山との出会いは必然だった」

1/5(金) 10:01配信

スポーツ報知

◆猪木という価値観

 アントニオ猪木とムハマド・アリが共有した価値観。「アリと猪木のものがたり」を書き下ろした村松友視さんは、時が経過したからこそ見えてきたものがあったと明かす。

【写真】「アリと猪木のものがたり」を書き下ろした村松友視さん

 「ボクの中にプロレスに対する差別感があった。ボクシングのすごいチャンピオンがいたとして、それに対してプロレスのスターがいた時に自分がプロレスファンであるのに、黒人の中に白人の価値観が刷り込まれているように、まるでプロレスファンであるのに世間的価値観が刷り込まれている場合がある。その部分と「私、プロレスの味方です」を書いた時にあまり、この猪木対アリの試合についてクッキリとした書き方をできなかったこととは、もしかしたら通じているかもしれない」

 1980年の処女作「私、プロレスの味方です」でプロレス、そして猪木に新たな価値観をたたき付けた村松さん。ただ、アリ戦については、今回の出版まで書くことはできなかった。

 「それは、どっかに自分の頭の中にプロレスを世間の人と同じように見ている部分があったせいだったかもしれない。その後、猪木さんと付き合ってくると、猪木という価値観がボクの中で全然違ってきた。単なるプロレスのヒーローじゃなくて刻々と刻まれた価値観を積み重ねてきているんですね。この猪木の人生をたどり直してみるとまったく違ったものが見えてくる」

◆「非定住」を生きた猪木

 猪木が抱える価値観のひとつを村松さんは「非定住」と評した。

 「猪木さんの側の感性の基盤には非定住があると思う。アリは、もって生まれて背負わされた黒人に生まれ育ったということへの定住感。むしろ黒人の価値観に定住しようという覚悟で白人の価値観に反発していたと思う。猪木は、日本とかブラジルとか軸をどこに置いたらいいか分からないうちにプロレスという虚構と現実が入り交じるような世界に入って生きてきた。これは、猪木が持つ非定住なんです。ひとつの場所、あるいは日本人なら日本人であるという基盤から来る価値観とは違うものを猪木はいっぱい持っている。そして、それが猪木の許容力になっている」

 猪木は、長兄の考えで13歳の時に家族でブラジルへ移住。17歳で力道山にスカウトされ、日本プロレスに入門した。自らの精神性を築く多感な時期に自分の軸が激しく動くことを余儀なくされたことが猪木の礎になっていると看破する。

 「猪木さんは、ブラジルで明日も分からずブラジルを味わえる余裕もなかったかもしれない。その時に力道山に誘われ、これで何とかなる、自分の生まれ持った体と力が生きる世界を見つけた。ところが、それが逆にフィクションみたいな世界だった」

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最終更新:1/5(金) 14:26
スポーツ報知